今年は豊臣秀長が大河ドラマの主人公となりました。その内容には賛否あるようですが、ともあれ、9月後半から大和郡山がその舞台となってきました。
来年の大河の主人公は小栗上野介忠順とか。小栗を一言で言い表せば、勝海舟のライバルといったところでしょうか。すなわち幕臣として、雄藩連合的な志向のあった勝に対して、あくまでも徳川を中心とした近代化を目指したのが小栗でした。遣米使節団員として、初めて公式に訪米をした一人であることや、土蔵付きの売家、つまり幕府が倒れても役に立つとして推進した横須賀製鉄所建設でも知られています。戊辰戦争時には、江戸に逃げ帰った徳川慶喜に、強硬に抗戦を主張するも容れられず、上野国の知行地に半ば隠棲するも、東進してきた新政府軍に斬首されています。
本書は必ずしも良質な史料が多くない小栗そのものを追うのではなく、「記憶と歴史」とあるように、小栗をめぐる言説を追っていきます。
明治期には、旧幕臣のジャーナリスト福地源一郎をはじめとする江戸幕府肯定論の中で小栗が取り上げられると同時に、最期を遂げた群馬県権田村(現高崎市)周辺では、様々な口碑が広がっていったといいます。大正期には、横須賀50年記念祭を期とする海軍関係者らによる小栗再評価が、横浜50年祭における大隈重信-島田三郎の井伊直弼再評価や口碑収集とリンクしつつ展開していったことが紹介されています。
昭和初期の幕末ブームの中では、遠縁の蜷川新による、維新元勲を批判して小栗を顕彰する一連の著作が影響を広げたといい、小栗家の菩提寺、埼玉県普門院が小栗遺産の代表の座を獲得します。しかし、普門院は小栗が赤城山に埋めたという埋蔵金騒動に深入りして、関係者の信頼を失っていったとしています。
戦後については、総体としては明治維新を進歩、列強からの独立とみる歴史觀の中で、小栗は忘れられていったものの、旧権田村周辺では東禅寺を中心に、行政をも巻き込み、横須賀とも提携して行われていたねばり強い小栗顕彰運動があったことを指摘しています。
こうした土台のもと、1990年代以降、再び小栗がさまざまなメディアに取り上げられることになった事象を、著者は時代状況の文脈で扱っています。その中には、群馬県や横須賀市による、小栗を主人公とした大河ドラマ誘致運動もあり、その成果としての2003年の正月ドラマと、その内容の問題点をも取り上げています。
さて、今年の大河批判の主たるものとしては、「歴史離れ」すなわち「史実」を無視しているというものが多いようです。その「史実」には、後世の軍記物によって定着し、史実かどうか確かめようのない(はっきりと史実ではない、と確認できるものなら簡単ですが、草履を懐で温めた逸話をなかったと実証するのは困難でしょう)ものも含まれているのでなかなか厄介です。
また本書に指摘あるように、新選組や会津藩など佐幕派側を主人公にした場合は、薩長ら倒幕派側を大なり小なり敵役にせざるを得ず、そこに生まれる緊張もあるでしょうし、NHKのドラマといえば総力戦研究所長のキャラクター付けをめぐる、モデルの孫による裁判も起こされています。
こうした中で来年の大河ドラマがどんな内容になるのか、そして、原著者にはその内容を踏まえた本書の大幅増補版を期待したいです。
『明治維新の敗者たち : 小栗上野介をめぐる記憶と歴史』
作成者
マイケル・ワート著 野口良平訳
出版者
みすず書房
刊年
2019.6