『隠された顔 ―絵巻のなかの尊きものたちの描き方』

作成者
山本陽子 著
出版者
教育評論社
刊年
2024.9

 写真にモザイクをかけたり、足元だけを写したり、ニコちゃんマークを重ねたり…といった「顔出しNG」行為は、現代では一般人のプライバシーへの配慮を主な理由とする。しかしかつては、顔を隠す行為は、天皇や神々といった姿を見てはならない尊い存在を対象とした。
 平安時代の絵巻にはじまる絵画表現には、尊い存在を「見えないように描く」ことで顔を隠す技法があった。例えば顔の部分に雲をたなびかせる、御簾で隠す、シルエットで表す、木の影に重ねる、後ろ姿で表すといった方法だ。それらは近世に至るまで日本画の約束事として定着する。一方で、風景や建築・調度・装束といった地位や属性を示すアイコンをちりばめ、描かれないものの存在を受け手に暗示した。本書は、これらの事例を紹介するとともに、例外的に描かれた場合の理由を考察する。何が描かれ、何が描かれないのかを分析することで、王朝文化や神仏の世界の秩序、信仰といった絵巻制作の背景を読み解こうと試みる。
 『東大寺大仏縁起絵巻』では、大仏開眼会に臨む聖武天皇の顔が描かれるのに対し、大仏の上半身を雲で隠してその神聖さや信仰心を表現した。また、『信貴山縁起絵巻』での表情豊かな庶民に対し、貴族の顔が画一的な引目鉤鼻で描かれること、さらに美人の代表とされる小野小町が必ず後ろ姿で表現されることを紹介する。これらは美しさや尊さを受け手が自由に想像する余地を残すため、敢えて抽象的な表現にとどめた結果だという。絵画には、未だ解明されていない意図が潜んでいるのではないか、資料としての絵画の可能性を示唆してくれる。
 明治時代になると、西洋文化の受容によって姿を描き出すことへの禁忌は一変する。今上天皇の肖像(御真影)が掲げられ、教育現場にも配布されるようになったのだ。当時の人々は、この変化にどのような感情を抱いたのだろうか。