2026年は午年。出生数が前年の4分の3にまで落ち込んだ1966年のひのえうまから暦が一巡りします。この現象は従来「ひのえうま生まれの女性は気が強く、離縁や再婚を繰り返す」といった迷信によるものとされてきました。本年還暦を迎える著者は、歴史人口学の知見や統計データ、多様な文献を分析し、その実態を明らかにします。
発端となった江戸初期の「八百屋お七」の放火事件は、戯作や川柳の題材となって広く流布しました。また、ひのえうま女性との婚姻を戒める教訓書なども現れ、ひのえうまの年に子流しや間引きが増加することともなります。
大正から昭和初期、婚期にあった明治のひのえうま女性の自死が新聞によって相次いで報じられると、迷信の存在はかつてない勢いで全国に伝播しました。1966年の記録的な出生減は、長寿化でこの悲劇を記憶する人々が増加したことに加え、メディアが再び過熱したことが、当時指導・推進されていた家族計画に基づく受胎調節、すなわち避妊にきっかけを与えて引き起こされたのでした。
いつの時代も迷信を払拭しようとする言説はありましたが、この現象は俗説の真偽ではなく、婚姻忌避という社会的事実から生じたと著者は推察します。さらに、母体に負担を強いる堕胎や女児の殺害、社会的排除による自死といった多大な犠牲を伴いながら因習が繰り返されたのは、「女は男に従うべきだ」という家父長制イデオロギーを維持するためであったとの指摘は衝撃的です。
さて、旧来の価値観は鳴りを潜め、天明の飢饉と重なった1786年や日露戦争直後の1906年と同様、出生率が低調な令和にあってはひのえうま現象は起きないと著者は予測します。厳格な受胎調節が常態化した現在、毎年がひのえうまなのです。
『ひのえうま:江戸から令和の迷信と日本社会 (光文社新書:1348)』
作成者
吉川徹著
出版者
光文社
刊年
2025.2