本書は江戸後期から昭和初期にかけて書かれた旅日記や紀行文に出てくる食に焦点を当てながら、21組の旅人を紹介した一冊です。
中扉に描かれたサザエやおやき、ビールやペンギンのイラストを道しるべにページを開くと、尾崎放哉やイザベラ・バードといった「ずばり」旅人に加え、著名ながらも旅のイメージが薄い人物や、市井の人々も登場することがわかります。ここでいう旅とは、寺社参詣や修行行脚、視察旅行だけでなく、気象観測のための登山や極地探検、フィールドワーク、放浪そのものを目的としたような旅から思いがけない遭難まで、多岐にわたっているのです。
旅先ではいつも土地の名物に舌鼓を打つわけではありません。東北の地を巡見した古川古松軒は醤油の辛さを「大いにこまりしほど」と評し、江戸から京に赴いた曲亭馬琴は白味噌を「塩気うすく甘たるくしてくらふべからず」とこぼしますが、これも慣れない土地の文化に触れる醍醐味です。
旅が非日常なら、旅人の来訪も現地の人にとっての非日常といえるでしょう。旅人が持参した食料が、その土地の住民には珍品であることも少なくありません。アリューシャン列島に漂着した大黒屋光太夫一行が言葉の通じない島民にとった行動と、それに対する島民の振る舞いは、見知らぬ他者を胃袋で受け止めることがコミュニケーションの手段としても有効であることをうかがわせます。
「どんな旅人が、どこで、どんな食の風景と出会ったのか、本書では、その人の生きざまや時代背景とともに紡ぎ合わせることを試みた」という21編のみやげ話にいても立ってもいられなくなった方は、巻末の参考文献を紐解き、ぜひ旅の続きに同行してみてはいかがでしょうか。
『旅人の食:旅の記録と食風景』
作成者
山本志乃著
出版者
教育評論社
刊年
2024.11