『宇宙最強物質決定戦』

作成者
高水裕一
出版者
筑摩書房
刊年
2023.2

 本書は、理論物理学者スティーブン・ウィリアム・ホーキング氏の下で宇宙論を学んだ研究者・高水裕一氏が綴る宇宙論の入門書です。宇宙論と聞くと、難解で専門的なイメージを持たれる方もいるかもしれません。しかし、本書はそんなイメージを払拭する、あるユーモラスな特徴を持っています。それは、登場する惑星や物質に漫画のようなキャラクター像が与えられているということです。
 例えば第2章では、天の川銀河とアンドロメダ銀河の戦い(衝突)のシミュレーションを、漫画『キングダム』の舞台にもなっている中国春秋戦国時代の合戦をモデルに描いています。具体的には、銀河の回る動きを軍の陣形に見立てたり、大きな星団(星の集まり)を軍隊に例えるといった表現がなされています。ちなみに、非現実的にも思える銀河同士の衝突は、1%ほどの確率で起こりうるのだそうです。こうしたキャラクター付けと、宇宙で「最強」の物質は何かを考察していく純粋無垢な姿勢は、我々読者に親近感を与えてくれます。
 中でも私が特に印象に残ったキャラクターは、ブラックホールです。ブラックホールと聞くと、なんでも吸い込んでしまう恐ろしいイメージを持たれる方が多いのではないでしょうか。しかし、本書においてブラックホールは、周囲の物質と衝突・合体を繰り返し、その質量と重力を増やしていく性質から、物語が進むにつれて成長していく漫画の主人公のようなキャラクター像となっています。ギリシア神話やスター・ウォーズなど、宇宙や星座にまつわる物語は数多くありますが、実際の天体の特徴や性質と密接に結びつけたキャラクターは珍しいのではないかと思います。
 非常にコミカルに惑星や宇宙物質を紹介している本書ですが、各キャラクター(天体)たちの個性は実際の計測値などをもとに設定されています。宇宙に興味はあるけれど、本を読むとなると難しそうで手を出しづらいという人へ、本書は未知なる宇宙の世界を少し身近に感じさせてくれるぴったりの1冊になるのではないでしょうか。壮大な宇宙の世界を想像する時間は、ささやかな現実逃避とともに、日常ではなかなか感じることのない静かな興奮を与えてくれるように思います。