『土砂留め奉行: 河川災害から地域を守る』

作成者
水本邦彦
出版者
吉川弘文館
刊年
2022.6

 奉行が村にやって来る。あなたなら、どう、もてなしますか。
 今回ご紹介するのは、江戸時代、水害の原因となる山間部の土砂流出を防ぐため、村々を見廻った土砂留め奉行(どしゃどめぶぎょう)についての本です。江戸時代は、今よりも木々が生い茂る自然豊かな時代だと思っていましたが、本書によると、そうでもなかったようです。当時の農業は、山野の草芝や木の葉を肥料としていました。この方法では、耕地の数倍から10倍の草地が必要だったそうです。肥料や牛馬の飼料、燃料用の草木を求めて森林破壊は進み、木を伐りつくした草山・はげ山が増加し、土砂崩れや、川にたまった土砂による水害が頻繁に起こっていました。そこで幕府は樹木の乱伐を禁じ、植林を進める土砂留め令を出し、近隣の藩に管理を命じました。この制度を支えたのが各藩の土砂留め奉行たちです。彼らは毎年、領地を越えて、管轄の村々を訪れ、土砂留め普請(工事)を見廻りました。
 本書では淀川・大和川水系の土砂留め制度の仕組みや効果、当時の山の景観や工事の様子などを分かりやすく解説しています。さらに、廻村する奉行や随行する下役、巡回先の村役人の姿を彼らの日記を通して紹介しています。見分のついでに社寺・名所見物をする奉行や、過密で過酷な旅程で巡回する奉行。迎える村々では、料理人を呼んで奉行をもてなし、奉行が出発するとみんなでお酒を傾けます。奉行をもてなす献立には、鯛や伊勢エビ、かすてらなどの豪華な食事が並びます。朝食にお酒を出すこともあったようです。
 ご馳走を前に、食べるべきかと悩む奉行を想像したり、自分が奉行を迎える村役人だったらと考えてみたり。研究書としてはもちろんですが、小説にでもなりそうな当時の人間模様を想像する楽しみも与えてくれる一冊です。