『まとまらない言葉を生きる』

作成者
荒井裕樹著
出版者
柏書房
刊年
2021.5

 著者の荒井裕樹さんは、社会の中でいじめ・差別・不当な冷遇を受けている人たちの自己表現活動を研究する文学者。本書は、日々の生活の場でも政治の場でも「言葉が壊れてきた、壊されてきた」と感じる荒井さんによるエッセイで、言葉の「魂」や「尊さ」のようなものを感じられる実例がエピソードとともに18話収録されています。
 この本のスタンスはあとがきによく表れているように思います。荒井さんは自身の仕事である「誰かの人生を言葉に換える」作業への葛藤について、少し乱暴だけれどと前置いた上で「一端を示すこと」と「要約すること」に整理できると言います。一端を示すとは「大きすぎて表現しきれないものの一部を見せて、その表現しきれなさを想像してもらうこと」、要約するとは「大きな世界や複雑な物事の縮図を作ること」。速く・短く・わかりやすく・白黒や善悪の区別のはっきりした言葉が重宝される世の中に対して、一端を示すことでしか表現できないものがある、要約できない言葉の在り方を投げかけようという本書の姿勢に勇気づけられます。
 興味深く読んだのは第14話の“「黙らせ合い」の連鎖を断つ”です。公園で男の子に「ケガするから、あぶないよ」と声をかけると、「ケガしても自己責任だから」と返された荒井さん。そこから「自己責任」という言葉が頻繁に使われるようになったきっかけやこの言葉の持つ不気味さに触れていきます。あまりにも身近になった「自己責任」。この言葉が行き過ぎるとどのような社会が訪れるのか、また、この言葉に抗うためのヒントとして紹介されている森田竹次さんの言葉に、非常に考えさせられました。
 未来にどんな言葉が降り積もった社会を手渡したいか、考えるきっかけをもらえる1冊です。