『言葉を失ったあとで』

作成者
信田さよ子  上間陽子著
出版者
筑摩書房
刊年
2021.11

 

本書は、暴力やハラスメント、アディクション(嗜癖)などの問題を専門とする臨床心理士の信田氏と、非行少女を中心に調査研究している教育学者の上間氏による対談集になります。性暴力や虐待の被害者・加害者に、カウンセリングと社会調査という異なる立場で接してきた二人によって、被害・加害の具体例や二人がそれぞれの仕事を選んだ来歴などが語られています。
 児童虐待やDV、性的虐待のような深刻な体験を語ることは、時としてとても困難です。言葉を失わせるほどひどい経験を語ること、借りてきた言葉ではなく、自分なりの言葉を使って語ることは、回復に向けた第一歩となります。そのためには、安全な環境はもちろんのこと、話しやすい雰囲気のもとで告白をしっかりと受けとめる聞き手が必要になります。数々の賞を受賞した『海をあげる』は、被害者との信頼関係を構築し、彼女たちの悲惨な境遇に誠実に向き合った上間氏だからこそ書き上げられたものなのです。
 一方で上間氏は、加害者への聞き取りや加害者について記述することは、加害者を支持することにつながるのではないかと述べます。それに対して信田氏は、加害者プログラムに取り組んでおり、加害者に向き合い、再発防止と真摯な反省に導いています。加害の理由が語られないと、被害者は被害を理不尽なものとして受け入れるしかありません。加害者プログラムは被害者の救済と加害の再発防止を目的としています。
虐待やDVのような深刻な事案の関係者でなくても、仕事や家族のことで、ずっと心に残り話せていないことは、誰にでもあるのではないでしょうか。あるいは、その出来事の意味をまだ十分に理解できていないだけなのかもしれません。傷つく自分、傷つける自分に気付くためのヒントにもなる一冊だと思います。
 また、両氏の著作の他にも関連する書籍・映画が多く紹介されており、このテーマについてもっと深く知りたくなりました。