『強い内閣と近代日本 : 国策決定の主導権確保へ』

作成者
関口哲矢 著
出版者
吉川弘文館
刊年
2021.1

 1890年施行の旧憲法のもとでは、建前としては天皇が親政を行うことになっていました。しかし、実際の運用においては、政治責任を負わせる結果に結びつかないよう、天皇や周辺の主体的なリーダーシップに期待することは、慎重に避けられていました。しかし、その建前ゆえ、陸海軍それぞれの統帥権の独立に顕著なように、様々な国家機関のトップが個々に直接天皇を補佐する制度となっていました。そのため、ともすれば、セクショナリズムに陥りがちな弱点を抱えていました。
 著者は、2016年に『昭和期の内閣と戦争指導』(吉川弘文館)を上梓しています。これは、主にアジア太平洋戦争期を対象に、内閣が自らの機能を強化し、軍統帥部と連携を図ることによって、統一的な国家意思形成を図ろうとした試みを検討する研究書です。結局、終戦には、天皇による「聖断」が必要とされたように、その試みはある意味失敗するわけですが、戦時のみならず、内閣が権力の分立を克服しようとするのは、近代日本における一貫した課題だったのではないか。そういった観点から、より通史的に政治史を俯瞰したのが本書になります。
 著者は、明治前期からさかのぼって、その時々の行政運営、国家の最高意思決定の在り方を概観していきます。その中で、特にその制定後は旧憲法の枠内での、さまざまな制度改革や国論統一の試みを検討していきます。例えば寺内正毅内閣時に、政党幹部らを取り込んで組織された臨時外交調査会、原敬内閣以後しばしば検討された軍部大臣に文官を任じようとする議論、省庁トップと内閣閣僚を切り離す無任所相導入や、戦時の有力閣僚と軍統帥部の調整組織等です。
 それぞれは従来の研究においても取り上げられ、様々な意味づけが与えられていますが、こうして示されると、なるほど、著者が主張するように、広い意味での内閣権限強化による国論統一が試み続けられていた、と理解できます。逆に言えば、必ずしも試みが完全には成功しなかったからこそ、常に次の「改革」が必要になったとも言えます。
 こうした権力分立の問題は、分立の際たる陸海軍が解体され、戦後の新憲法が、内閣内での首相の権限を格段に強いものとすることによって、一応の解決を見ています。しかし、本書による分析をベースに、戦後政治史を見直した場合にも、昨今の政治主導をめぐる議論を含めて、内閣の権限を強化する方向での改革、検討が行われ続けているのは、興味深いと感じました。