『印刷博物館とわたし』

作成者
樺山 紘一著
出版者
千倉書房
刊年
2020.10

 図書館と印刷は切っても切れない関係にありますが、ご紹介する『印刷博物館とわたし』はそんな印刷の世界について書かれています。本書は、大手印刷会社が設立した印刷という産業や文化・歴史を主題とする専門博物館の名物館長として十数年勤め、その期間に開催された展覧会の図録に寄稿した著者の文章をまとめたものです。
 本書では、西洋史研究の泰斗である著者自身の専門分野におけるながい思索の経験と成果をふんだんに披露し、印刷を取り巻く類縁の歴史や文化、思想といった様々な分野に対してユニークな視点と切り口によって、時には興味深い事柄を詳細に、時には学際的な知見で鳥瞰的に示して各テーマのエッセンス部分へと読者を導いています。
 著者自身と印刷博物館との出会いと館長として過ごしてきた日々を振り返った第Ⅰ部に続く、第Ⅱ部印刷文化をめざしては編年形式で14章の章立てで構成されています。
 どの章をとっても、著者の知的な論究と薀蓄は興味深く読むことができますが、天文学の新たな展開とグーテンベルグの活版印刷術の登場した15世紀という時代を説いた第1章天文学と印刷。活字人間と銘打って家康を捉え、印刷出版との意外な関係や、並々ならぬ書籍に対する家康の想いを説いた第4章活字人間「徳川家康」などは印刷や出版文化という角度でとらえた歴史や人物像を示しています。第6章世界史のなかの印刷首都東京では、19世紀の近代国家の首都における社会や文化にはたした多様な印刷機能について解説しています。本章では、世界史の中においてヨーロッパ諸国と対比し、類似と相違を示しながら首都東京のたどった道筋とそのはたした役割を考察しています。
 本書では、印刷というものがいかに歴史や文化と深い関わりがあり、大きな役割をはたして来たのか。また、その存在や意義は広くて深い知識に裏打ちされた案内人の存在と考察によっていかに輝きを持つことができるかということを示した一冊であると思います。