『で、オリンピックやめませんか?』

作成者
天野恵一,鵜飼哲編
出版者
亜紀書房
刊年
2019.8

  11月半ば、IOCのバッハ会長が来日しました。コロナ再拡大を受け、2021東京オリンピック中止を日本側関係者に通告する場になるのでは、といった観測も流れましたが、実際には開催する方向での協議が行われたと報道されています。
 コロナ制圧が見通せない状態で、オリンピックの準備を続けていくことには疑問視する声も高まりつつあり、本書はこうした情勢を受けてのもの...と、いうわけではありません。刊行はまだ、新型コロナウイルスの影はともかく、少なくとも形はなかった2019年8月で、編者らが2017年から行ってきた連続講座をまとめたものです。つまり、コロナがなくとも、オリンピック開催には、これだけの問題があるとするのが本書です。
 終章では「2020東京オリンピックに反対する18の理由」が列挙され、ここでは、本書刊行の段階ですでに膨れ上がっていた開催経費、招致段階での贈賄、都有地格安払下といった金銭面での問題点も挙げられていますが、本書全体では理念的な問題点を追及することに力点が置かれています。
 特に、標榜されている東北震災からの「復興五輪」という大義名分に、厳しい目を向けています。原発事故で、原子炉から溶解した炉心を取り出して搬出するか、または現地で丸ごと石棺化にするかについて全く決まっておらず、どちらにせよその技術、工法は未確立である、放射能による汚染は、地域になお暗い影を落としており、「アンダーコントロール」という言説自体が、事故の隠ぺいではないかと断じています。
 本書は東京大会のみが問題だとしているのではありません。論点は多岐にわたりますが、環境破壊や負の遺産の多発を受けての世界的な反オリンピックの潮流、パラリンピックはむしろ差別を助長し、トップアスリートの一部にもオリンピックを疑問視する声が上がり始めていること等が指摘されています。また、聖火リレーや表彰台でのメダル授与、選手村といった装置は、1936年ナチスドイツによるベルリンオリンピックにおける発明であることに加え、特にその傾向が近年強まりつつあるという、動員の論理と利権構造とに強く異を唱えています。
 もちろん、個々の議論について反論はあるでしょうし、編著者らの立ち位置自体が受け入れられない、といった立場もあるでしょう。しかし、今後オリンピック開催の是非や可否を考える上で、前提として踏まえておくべき内容であるように思われました。