『自民党 価値とリスクのマトリクス』

作成者
中島岳史 著
出版者
スタンドブックス
刊年
2019.6

 著者は『中村屋のボース』等政治思想史研究で知られる一方、現代政治への評論も多く記していますが、本書は後者の系統に属しています。但し、取り上げた政治家の、広い意味での「思想」を取り上げている点に、著者らしさがあるといってよいでしょう。
それぞれの政治家を個別に取り上げるのではなく、共通の軸、すなわち副題にある「価値」と「リスク」の問題について、どんな考え方をしているかを言説(主には著作)から検討します。個人の価値観の多様性を認めるリベラルか、逆に権力が規範的な価値観を要求するパターナルか。リスクについては、それを社会化(大きな政府)するか、逆に個人化(小さな政府)するか。価値を横軸、リスクを縦軸とする相関表(マトリクス)を作れば、従来の左右といった区分よりは有効であるのではないかとしています。
 本書で具体的に取り上げられている政治家は、安倍晋三、石破茂、菅義偉、野田聖子、河野太郎、岸田文雄、加藤勝信、小渕優子、小泉進次郎の9人で、個々の言説分析や結果の紹介は省きますが、リスク社会化・パターナル0.5、リスク社会化・リベラル2.5、リスク個人化・リベラル2.5、リスク個人化・パターナル2.5人、不明1人という結果になっています。小数点があるのは、著者が縦軸上(リベラルとパターナルの中間)にいるとする政治家があったためです。
 著者は、おわりにで、簡単にですが、高度経済成長期以降の政権史を分析する中で、いわゆる「保守本流」(旧田中・大平派系)は、もともと、福祉の充実等リスクの社会化を志向してきたが、中曽根政権のことから、行政改革に象徴されるようにリスクの個人化に推移し、しだいにリベラルからパターナル色を強めて現政権に至るとしています。
本書で分析したように、広い意味での現政権関係者の立ち位置は多様なものの、政権長期下で新人議員のリスク個人化・パターナルの傾向が強まり、将来の自民党はこの方向でまとまるのではないか、としています。そのうえで、逆に野党はリスクの社会化・リベラル路線をとって対抗軸を作り、与党内にも存在するこの路線の同調者を引き込む必要がある、としています。
 著者自身の立ち位置も、他の時評類を読むと、確実にリスク社会化・リベラルを目指すことは明らかです。それを考えると著者の政権批判や、踏み込んだ形での立憲民主党への支援も理解できます。こう書くと、本書を手に取るのを控えたくなる人もいるでしょうが、個々の政治家の言説を分析する上では、「価値」と「リスク」へのスタンスを客観的に見極めることに徹し、自らの主張を出してはいません。
 なお、本書によれば、引き続きこの方法論で野党政治家の分析を続けるとしていますが、連載は3回で中絶しているようなのがやや残念です。