『万葉集であるく奈良』

作成者
上野誠・蜂飼耳・馬場基 著 
出版者
新潮社
刊年
2019.10

 奈良の地に関連した万葉集の本は、歴史的にも地理的にも関係が深いことを反映して以前からたくさんの書籍が出版されています。
 ちなみに当館の所蔵データベースで万葉集というキーワードで探してみると、奈良に関する本も含めて、2,400件ほどの本や雑誌が検索できます。文学を中心にして、万葉集の入門書や研究書。文学や旅の雑誌の特集や英語で書かれた万葉集の本まで。また分野は歴史や民俗、考古学、地理や植物、また服飾や季節毎の風物といった多岐にわたる分野において万葉集に絡めた本が毎年多数出され私たちを万葉の世界へ誘っています。
 紹介の本もその内の一冊です。この本は、雑誌「芸術新潮」2010年4月号の特集「万葉集であるく奈良」を増補・再編集したものです。
 解説者は、万葉集をわかりやすく、興味をそそるユニークな視点で万葉集や万葉の世界の魅力を伝える研究者の上野誠氏。硬いイメージのある考古学について、出土木簡を手がかりに平城京や藤原京の人々の生活をわかりやすく解説している馬場基氏。詩人で作家の蜂飼耳氏という執筆陣で書かれています。
 本編には50首ほどの万葉歌が収録され、歌に因んだ土地や景色を映す写真とともに歌の意味や背景について解説されています。この本では飛鳥京から藤原京、そして平城京の都へと繋り、遷都を繰り返す場面で、新しい都での人びとの思いを切り口にして詠まれた歌も紹介されています。
 上野氏の解説によると『万葉集』に登場する地名約1200のうち、大和に関する地名は約300、歌の総数は延べ約900首で、それらの歌が詠まれた時期は飛鳥(592~694年)、藤原(694~710年)、平城(710~784年)に都があった192年、つまり政治、経済、文化の中心が奈良盆地にあった時代だそうです。万葉びとが詠んだおおらかな万葉歌とは裏腹に、時代的には緊迫する東アジア情勢や体制維持の苦悩など、内憂外患の時代でもあったといえます。だからこそ万葉びとの自然を愛で生活の機微を巧みに捕らえた万葉歌には一層意味深いものがあるのではないでしょうか。
 この本には、飛鳥京・藤原京・平城京の地図や各時代の年表もあわせて載せていますので万葉歌故地巡りのガイドブック的な使い方もできそうです。