『言い訳 : 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』

作成者
塙宣之[著] 中村計 [聞き手]
出版者
集英社
刊年
2019.8

 M-1グランプリ、通称M-1は毎年12月に開催される若手漫才師対象の漫才コンクールである。特にお笑いに詳しくなくても、M-1をご覧になったことがある方や名前を聞いたことのある方は多いだろう。著者の塙は、M-1決勝に3年連続で進出した実力派漫才コンビ、ナイツのボケとネタ作りを担当している。ナイツは惜しくも優勝する事は出来なかったが、彼らの漫才への評価は高く、現在著者はM-1審査員を務めている。M-1で評価される出場者と評価する審査員という二つの立場を経験した著者が、M-1への熱い思いや出場までの道のり、他の漫才師への評価など、M-1の裏側を語ったのが本書である。ライターである中村計のインタビューに加筆したものであり、Q&Aの形式になっているのでとても読みやすい。
 漫才が上達するために必要なものとして、才能と技術、努力はもちろん、戦略も重視されている。そもそも漫才、特にしゃべくり漫才のエッセンスは関西弁に特有なものであり、関西弁以外の方言を話す漫才師は圧倒的に不利だと述べられる。関西弁以外の漫才師はその不利を挽回するために、戦略が特に必要なのである。この戦略とは、関西弁のしゃべくり漫才と対等に闘うための、自分達の資質にあった漫才のスタイルやシステムのことである。
 非関西弁の漫才コンビであるナイツは、他の漫才師の真似をするなど様々な試行錯誤を繰り返した後、言い間違いや言葉遊びをネタにすることで笑いの数を多くするという独自の漫才を確立して、M-1で高く評価された。
 M-1では新たな漫才は評価が高く、M-1初出場、もしくは出場回数の少ない漫才師が優勝しやすい。一方で、出場回数を重ねた漫才師ほどその漫才のスタイルが認知されて不利になってしまう。自分達が独自の漫才を長い時間をかけて作り上げ、高く評価されたために優勝しにくくなるという、非常に残酷なコンクールがM-1なのである。しかしだからこそM-1は新しい笑いを生み出し続け、多くの観客と漫才師を魅了するのだろう。
 本書は優れたM-1論であると同時に優れた仕事論でもある。漫才の面白さ、上手さは言語化できない部分がある。だが言語化できない領域だからこそ、自分達や他のコンビを観察、分析し、試行錯誤して、可能な限り戦略を立てることが大きな武器となる。これは他の職業にも通じるものであり、その道の第一線で闘うプロの語りは多くの人の仕事の参考になるだろう。