『書店に恋して : リブロ池袋本店とわたし』

作成者
菊池壮一 著
出版者
晶文社
刊年
2018.10

 『棚の思想』『書店風雲録』『今泉棚とリブロの時代』『リブロが本屋であったころ』etc。リブロは現在取次の日販傘下の中規模書店チェーンですが、これほど多くの「書店本」が出ている書店は珍しいのではないでしょうか。本書もその一冊です。ユニークな書店はあまたありますが、多くの場合、潤沢な資本に恵まれているわけではありません。ですが、かつてのリブロには、それがありました。文人経営者堤清二(辻井喬)の肝入で作られた書店だからで、前述の書店本の著者である書店員達も、堤がスカウトしてきた出版人から、他の書店から転職してきた者等多彩です。
 こうした分類でいえば、1977年西武百貨店に入社して書籍売場に配属され、後独立したリブロに転籍、全国に転勤を重ねつつも、店長として2015年の池袋本店閉店を看取って退社した著者は、生粋のリブロ人といえるでしょう。この間、バブル崩壊に伴う西武セゾングループの解体があって、リブロの親会社は次々と変わり、著者は経営の変化を目の当たりにしてきました。池袋本店閉店の事情としては、2009年、セブンアンドアイグループ入りしていた家主西武百貨店から、契約期間満了時に家主が更新を拒否できる、定期建物賃借契約を迫られたことに始まるといいます。当時本部の店舗開発部にいた著者は反対するも押し切られ、果たして最初の更新時にあっさりと契約終了が通告された、としています。
 池袋本店店頭では、客として来ていた作家佐多稲子が当時のオーナー堤を、共産党員時代の筆名「横瀬君」で呼んでいて、それを知らなかった著者は不思議に思っていた、といったエピソードも出てきます。イベントを通じた作家らとの付き合いも、数多く記されています。特に吉村昭、津村節子夫妻とは親しかったようで、2008年、吉村の故郷である日暮里に駅ナカのecute日暮里店を出店する際には、品切れになっていた吉村の定番本『戦艦武蔵ノート』を「可能なら全部買切るから」と出版社に掛け合って、重版を実現させたといいます。
 少し物足りなかったのは、本書が2014年初頭の『渋谷をつくった男』騒動に触れていないことです。これは、話題の人物の守護霊本・霊言本を記すことで著名な宗教家が、堤没直後その霊言集として出版したもので、これを他ならぬリブロ池袋本店が、平積みにして大々的に扱いました。この際、池袋本店はネット上で強い批判を浴び、私も堤ファンとして「さすがにこれはないだろ」と思った記憶があります。
 著者は別のところで、この件は出版社の営業を受け、ゲラのチェックをしたうえで「疑問点があるものの概ね内容には問題なさそう」と、許可したとしています。そのうえで、入社直後の著者が堤から、判断するのは客だからと、会社を批判した本も褒めた本と並べて売れと指示された(この話は本書にも登場します)ことを引き合いに出し、本の中身も見ず、新興宗教=悪と決めつけての批判は、おかしいのではないかとしています(「Twitterの暴走・日本人の心は何処へ」『出版ニュース』2341、2014)。
 ですが、この件は便乗的に多数発行されている守護霊本・霊言本への違和感がまずあって、それにリブロ池袋本店が、関わりの深い堤で乗ったことへの批判だったように思えます。本書は、体験談にとどまらず、書店や文学賞、図書館等への在り方にも及んでいて、とても興味深かったです。『渋谷をつくった男』騒動は、出版やこれらの問題を考える上での恰好な素材なのだから、退社してより自由になった身として、自説をさらに詳しく展開してほしかった気がします。