『だから、居場所が欲しかった。 : バンコク、コールセンターで働く日本人』

作成者
水谷竹秀著
出版者
集英社
刊年
2017.9

 タイの首都バンコクに日本企業のコールセンターがあり、日本人のお客に対して日本人が日本語で対応している…。海外で活躍する日本人が幅広く紹介されている昨今でも、このような労働形態はあまり馴染みがないのではないでしょうか。
 この奇妙な労働は、実は企業にとってメリットがあります。同じ仕事を日本で日本人にしてもらうよりも人件費(月給3万バーツ、日本円にして約9万円)を安く済ませることが出来るのです。ただしこれは現地採用の場合であって、日本で採用されタイに赴任している駐在員は2倍から5倍の給料を得ています。
 働く側にもメリットがあります。コールセンターでの仕事に職歴はいらないし、英語やタイ語に堪能である必要もないのです。仕事が楽なことに加え、物価が安いバンコクでは月3万バーツで十分に暮らすことが出来るので、「日本で月収15~20万ほどを受け取っている金銭感覚」であるということです。贅沢は出来ませんがそこそこの暮らしができる額ではないでしょうか。本書で紹介された日本人達は駐在員との格差に不満を持ち、また将来に不安を感じつつも、異国で生活しています。
 著者の水谷竹秀は『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞しています。フィリピンで全財産を失い、ホームレスとなって「日本に帰りたい」と訴える困窮邦人達の物語は、「自業自得」というカテゴリーにはまりやすいです。その点において『日本を捨てた男たち』が「わかりやすい」本だったのに対して、『だから、居場所が欲しかった』は一つの型にはまりにくい本です。
 本書に登場する人たちがこの職業に就くまでには様々な事情があり、彼らの人生を丁寧にたどっていくところやバンコクという魅力的な都市での彼らの生活も興味深いのですが、私が一番引っかかったのは「月収15万~20万ほどを受け取っている金銭感覚」の部分です。人によっては好条件とも言えるような、現実的な金額です。この仕事が、少なくとも取材当時の2012年には広く募集されていたのです。海外で働くという夢物語に近かったはずのことが、日本の現在と地続きにつながって生々しいリアリティを持ちます。駐在員と現地採用の格差も日本での正規雇用と非正規雇用の格差を思わせ、バンコクという異国の都市の中に日本の縮図が現れたかのようです。
 もちろんバンコクと日本は違います。経済的に満足しているわけではない状況の中でも、彼らの中で日本への帰国を望む者は少ないのです。年齢や職歴のために日本では仕事がない、日本では性的なマイノリティは生きにくいなど理由は様々ですが、ほぼ全員が日本で生活することの息苦しさとバンコクで生きることの喜びを語っています。では、同じような労働条件または彼ら以下の労働条件で働く日本人は何の為に日本にしがみついているのでしょうか。
 本書で問われていることはバンコクのコールセンターで働く日本人であると同時に、日本で働く日本人なのです。