『11の国のアメリカ史 : 分断と相克の400年』(上・下)

作成者
コリン・ウッダード [著]
出版者
岩波書店
刊年
2017.10

 先日、アメリカが中国に対して制裁関税を発動したニュース映像に、トランプ大統領の後ろで「U.S.A!U.S.A!」と叫ぶ群衆が映し出されていました。オリンピックなどでも見かけるこの光景は、果たしてアメリカ国民全体の感情を表しているのでしょうか。
 本書は、北米大陸のカナダ・アメリカ・メキシコの3つの連邦における各州の境界線が恣意的なもので、地図上の線が州内に文化的亀裂を生み出していると論じ、その上で、住民の価値観や慣行など様々な共通項をもとにした11の諸勢力を国でもなく州でもない「ネイション」とし、その創設時から現代へと至る歴史を明らかにしています。
 最初期に北米大陸へ入植したのは、独自の宗教、政治、民族的特徴を持った様々な国の人々で、中でもイギリスからの移民は出身地域によって性質が大きく違いました。やがて一つずつ形成されていったネイションはそれぞれ孤立して発達し、世代を重ねてその特徴を定着させます。ネイションのアイデンティティを受け継ぐのは遺伝子ではないため、人々が盛んに移動する現代でも、移住者はその地域の文化に同化し、ネイション間の相違は解消されていません。
 たとえばアメリカ合衆国は二大政党による対立が目を引きますが、実は地域的な対立が大きく、北東部で急進的カルヴァン派によって創設された道徳的社会的価値観を持つネイション「ヤンキーダム」と、イギリス領バルバドス島の奴隷領主が南部に建設した白人優先主義と貴族的特権の歴史を持つネイション「深南部」が、そのつど他のネイションを取り込むことで優劣を競ってきました。かの南北戦争でさえ、自由州対奴隷州という二項対立ではなく、合衆国全体が4つのネイションに分裂する可能性があったと著者は言います。その時々の利害関係によるネイション同士の連合が国の政治を動かし、今もその構図が続いているというわけです。
 さて、トランプ大統領はメキシコ国境の壁建設を公約としていますが、この地域のネイション「エル・ノルテ」はメキシコ北部一帯から国境を越えてテキサス州からカリフォルニア州まで広がっており、特にニューメキシコでは州の半分以上を占め、さらに北のコロラド州にまで至っています。「U.S.A!」の連呼が表面的なものであるならば、かつてソ連が崩壊したように、北米も分裂・再編する可能性があります。そのとき、メキシコ側の「エル・ノルテ」がアメリカ合衆国に併合されるのか、はたまたネイションごと国として独立するのかわかりませんが、いずれにせよ物理的な壁が意味を成すのは、案外短い期間かもしれません。
 ともすれば私たちは、先進国の国境を固定したものと考えがちですが、まだまだ流動的であると再認識させられる一冊です。