『ネガティブ・ケイパビリティ : 答えの出ない事態に耐える力』

作成者
帚木蓬生 著
出版者
朝日新聞出版
刊年
2017.4

 「ネガティブ・ケイパビリティ」とは、どうにも答えの出ない事態に耐える能力のことです。もともとは英国の詩人ジョン・キーツが書いた言葉で、〈事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力〉を指すようです。
 著者がこの言葉に出会ったのは、精神科医になって6年目、英国の医師の論文によってだそうです。医師と小説家の二足の草鞋を履く著者にとって、支えとなる「命の恩人のような言葉」だといます。
 精神科医として、一進一退を繰り返す患者さんを早く治してあげたいとあせっても、かえって逆効果です。そんなとき、この言葉を胸に、じっくりと患者さんの話を聞いて、経過を見守るのだそうです。
 また、小説家としては、執筆中、原稿用紙4枚先は自分でも見えていないといいます。登場人物の動きを追うように手探りで書き進めるしかなく、いわば「宙ぶらりん」の状態を耐える能力が必要だと、小説家らしいエピソードも書かれています。
 なんでもマニュアル化され、即座に答えを出す能力であるポジティブ・ケイパビリティばかりが求められる現代ですが、それだけでは現代社会の問題に対処できないと著者は言います。どうにも答えの出ない問いに対して、目薬・日薬というように、その問題をそのまま抱え続けたり、月日の経つのを待ったりと、一見ネガティブな解決方法によって対処するという考え方があってもいいのではないかと提案しています。そういったやり方も知っていれば、どんな状況が襲ってきても、なんとかなると肚をくくることができそうです。
 医学と文学の両面から解説される本書は、各エピソードも読みごたえがあり、著者の面目躍如の1冊です。