チェコスロヴァキア軍団 ある義勇軍をめぐる世界史

作成者
林 忠行 著
出版者
岩波書店
刊年
2021.7

 第一次大戦後から、広くはソ連崩壊に至る、民族主義の高まりとともに分立するようになるまで、チェコスロヴァキアという国家がありました。名が長いのでしばしばチェコとも略されましたが、それは東海道山陽新幹線を、単に東海道新幹線と略すような不適切な略し方だ、といったような言われ方もしていました。両者は別物だからで、本書には、これをあわせた概念が出てくるのも第一次大戦頃からだ、との指摘も見えます。
 チェコスロヴァキア建国を実現した独立運動とあわせ、建国に一定の役割を果たした軍団の軌跡をまとめたのが本書になります。叙述は平易なものの、一連の経過は、国家・民族・理念等が様々に交錯しており、要約するのに骨が折れます。
 例を挙げていきましょう。チェコやスロヴァキアは、領域としては同盟国側のオーストリアハンガリー帝国に属していました。しかし、移民や捕虜からなる軍団は、民族的にはスラブ系という点で一致する連合国側ロシア軍の実質的一員として、第一次大戦に加わります。しかし、ロシアの革命ソヴィエト政権による対独墺単独講和は、軍団の存在を宙に浮かせますが、その際に主力が駐屯していたのは、ロシアの一部であったキエフ(ソ連はこの段階では未成立)だったといいます。
 キエフから地球一周弱して、西欧での対独戦線に加わるべく、東に向かうことになった軍団は、結果として、シベリア鉄道沿線でのソヴィエト政権側との衝突に至ります。その経緯も複雑ですが、本書ではソヴィエト側・軍団・チェコスロヴァキア独立勢力のそれぞれに存在した思惑と動揺とを示すことによって解説しています。
 ロシア革命干渉戦争の口実とされたという点で、軍団は名高いですが、干渉戦争を日本側から扱ったフィクションとして、古くは高橋治の小説『派兵』があります。さらには、これとよく似た視点を取りつつも、別の切り口で描いた安彦良和の漫画『乾と巽』が現在連載されており、これらでは軍団が重要な脇役として登場しています。これら作品の背景を理解するうえでももちろん、本校執筆段階において、混迷を度を深めているウクライナ状勢について考えるうえでも、示唆を与えてくれます。