ハンコの文化史 : 古代ギリシャから現代日本まで

作成者
新関欽哉 著
出版者
吉川弘文館
刊年
2015.6

 宅配の受け取りや職場での文書など、私たちの日常生活にはハンコを捺す場面が多くあります。そして日本人の多くは、普段使いの認印、銀行口座用の銀行印、契約書に必要な実印など、用途別に複数のハンコを所持しています。
 このように現代日本に不可欠なハンコの起源は、実に古代メソポタミア文明にまで遡ると言います。本書では、ハンコがどのように世界の各地に広がったのかといった歴史や、それぞれの土地・時代に現れた特有の形状やデザインなどの文化史が語られ、ごく身近な存在であるハンコの意外な姿や役割を知ることができます。
 ハンコはその始まりにおいては、物体に文様をつけたり、宗教的な目的に使われており、現代に繋がる社会的機能を持つハンコの歴史は、シュメール人の発明した円筒印章に始まるそうです。当初の目的は壺に貯蔵された財宝に封印を施すことにあり、鍵の代用品であったと言います。
 中世ヨーロッパでは主に信書の封緘に用いられ、内容の秘密保持の機能を持ちました。特殊な封蝋にハンコを捺して封緘するそのスタイルは欧州上流階級に広がりますが、公共の郵便制度が整った第一次世界大戦後にその姿を消していきます。
 一方、中国に伝播して独自の発展を遂げたハンコ文化は日本に渡り、後世に大きな影響を与えました。
 奈良時代には主に官印として、文書の記載事項が真正であることの保証として使用されましたが、時代が下るにつれ文書に威厳を与えるという役割も加わります。江戸時代になると庶民にもハンコが浸透し、貸借証文から個人的な誓約書の類まで様々な証書類に捺印が必要とされるハンコ社会が形成されていきました。
 元外交官でもあり、これまでに住んだ国々でハンコを収集しつつその歴史を辿ってきた本書著者によると、ハンコなしには事が進まない日本のような国は他に類を見ないそうです。折しもコロナ禍によりテレワークが推奨され、不必要な押印の廃止を目指す「脱ハンコ」の動きも見られる昨今、ハンコはにわかに注目を集める存在になりました。
 本書は、おそらく誰の手元にもある小さなハンコが、実は長い時間をかけて日本の社会に根づいてきた文化としての側面を持ちあわせていることにも気づくことのできる一冊となっています。