『グスコーブドリの伝記』

出版者
リトルモア
刊年
2012.7

  これは、宮沢賢治の数少ない生前刊行作の一つで、ひとりの青年の一生をえがいた物語です。主人公のブドリは、10歳の年に起きた飢饉がもとで両 親を亡くし、妹はさらわれ、自身も家を奪われて強制労働の身となります。死にものぐるいで働きますが、自然災害が起こるたびに職や生活を失うとい う過酷な運命に、読者としては憐れみや心配で心が痛みます。しかし、この作品に寄せた清川あさみさんの絵は、刺繍、スパンコールやビーズが駆使さ れ、極彩色あふれたものになっています。悲壮な場面でさえ、ひとすじのきらめきがあることを暗示しています。
  自然の輝き、学習することの喜び、仕事へのやり甲斐といった、わずかな幸福に支えられて、読者もブドリと一緒に歩いて行くことになりますが、最 後にブドリは、自己犠牲によって自然の猛威から皆の生活を守り、物語は終わります。けれど、自然災害は形態を変え、時を選ばず、繰り返し起こるも の。人命の犠牲によって自然災害から地域を守るといったストーリーは、私にはハッピーエンドには思えませんでした。
  宮沢賢治からは「自然には逆らえないけれど、みんなが助かる方法があるはず」という投げかけを、挿絵からは「どんな逆境のなかでも、生命あるか ぎり希望はある」というメッセージが込められているように感じました。
  全集などでこの物語を読んだことがある方も、挿絵が異なるこの作品では、感じ方がちがうかもしれません。一度、手にとってみてはいかがでしょうか。