『だれか来ている 小さな声の美術論』

作成者
杉本秀太郎著
出版者
青草書房
刊年
2011.7

 本書は古典からフランス文学まで、幅広い知識を持つ杉本秀太郎の美術論を中心とするエッセイ集である。上村松園が描く婦人像のこと、小野蘭山の本草学など京都にゆかりのある著者ならではの文章、ゴーギャンのブルターニュで描かれた風景画『乾草』の謎解きは、「北斎漫画」からコロー、ドガ、さらに「涅槃図」へと移っていく。著者の大胆な推理が、美術論というより物語を読むようで面白い。
  ブックジャケットになっている『憐みの聖母』の絵は、ペストの流行や相次ぐ内戦の中で、密かにマリア様の守護を願ったフィレンツェの人達が、小さな教会に奉納した絵馬のようなものだそうで、今も婚礼の日に新婦が白百合の花を教会の柵に結ぶという。祈ることや信じること、幸せや苦しみとは何かと問いかけてくるようである。
  東日本大震災の惨状に直面して「わが名をかぶせた本など出して恥ずかしくないのか」と自問しながらも、自分に呼びかけてくるものへの気配を感じそれに丁寧に答えられた本である。