小学生国史受験かるた

解題

「いい国(1192)つくろう鎌倉幕府」。こんな語呂合わせで歴史の年代を記憶した人も多いのではないだろうか。同様の語呂合わせは、戦前からあったことを教えてくれるのが、 この「小学生国史受験かるた」である。

明治末~昭和戦前期の学校制度では、義務教育として6年制の尋常小学校があり、その後無試験で2年制の高等小学校へ進むことはできた。しかし、複線型学校制度のもと、 高等小学校を卒業しても進路は限定されていた。そのため、都市部を中心に、尋常小学校卒業後、受験が必要な中等学校(中学校、高等女学校、実業学校)への進学熱が、次第に高まっていった。

このかるたが作られたと推定される昭和10年代前半では、尋常小学校を終えてすぐに中等学校に進学する生徒は、全体の約2割に及んでいたという(菊池城司「誰が中等学校に進学したか」 『大阪大学教育学年報』2)。つまり、「中学受験」のすそ野は、多くの小学生に広がっていたのである。

明治33年制定の小学校令は、当初教科目名を日本歴史としていた。しかし、大正9年からの国定教科書改訂で、教科書の書名が「日本歴史」から「国史」に変更され(『日本教科書大系』近代編20)、 大正15年の小学校令改正(勅令第73号)で、正式に「国史」が教科名となった。

国史は尋常小学校の5年生、6年生及び高等小学校で習得することになっていた。他に、戦後成立する「社会科」に連なる科目として地理や修身があったが、 外国史(世界史)は、高等小学校を含めて小学校では教えられていなかった。

かるたを見ると、現在では神話として扱われる項目等が入ってはいるものの、取り上げられる歴史事象自体は、一見現代のものとさほど変わっていないようにも見える。 しかし、戦前の国史教育は、帝国臣民としての教化を大きな目的としていた。当時、実証的な歴史家として知られ、教科書を執筆するなど教育界への影響力もあった中村孝也によれば、 奈良朝の成立を理解するために必要な壬申の乱も、天智天武天皇兄弟の争いであるため「教化の立場から見ると、百害あって一利なしと認め」「小学国史でも、 中学諸学校の教科書でも全然これをはぶ」かれていたという(『国史教育論』章華社,1934 189頁)。

絵札の裏には、関連する応用問題が記されており、この応用問題となると、より戦前色が見えてくる。例えば人物を祀る神社の名前を答えさせる設問も多く、織田信長を祀った建勲神社の名など 戦後教育を受けて育った人にとっては難問であろう。

「吉野朝廷時代終わる」の裏面も、戦前戦後の歴史観の違いが顕著である。明治末に決定された後醍醐天皇の系統(南朝)を正統とする立場から、南北朝時代を「吉野朝時代」と記すのはもちろんとして、 足利初代将軍の名を問う設問は興味深い。答にあるカッコ内の「高時」は明らかに足利高(尊)氏の誤植であるが、戦前の歴史教育では、その尊氏は「足利初代将軍」ではないのである。 つまり、「北朝」から任じられた足利尊氏と義詮の将軍位は無効であり、南北合一を果たし正統性のある朝廷から、将軍に任じられた義満が「足利初代将軍」という歴史認識である。

また天皇の代数も、応神天皇より前の天皇の実在を疑い、南北朝に正潤つけない戦後の歴史観を反映して、現代の歴史教育では使われていない。しかし、戦前には小学校の段階で、 神武から今上に至る全天皇の名の暗誦を求められたことが、しばしば回顧されている。

記年法も特徴的である。明治期以降の歴史事象は、明治、大正、昭和といった、元号で表記されており、これは今のものと同じである。しかし江戸時代までの歴史事象は、 現在使われているような西暦ではなく、西暦紀元前660年を紀元元年とする、いわゆる「皇紀」を使っている。 従って、暗記すべき頼朝の将軍任命の年代は、西暦1192年ではなく、 プラス660の1852年となる。かるた製作者は、「武家政治起こすは頼朝鎌倉幕府祝ひに(1852)集う人も質朴」という語呂合わせを採用している。

このかるたは、形式としては百人一首かるたを模しており、絵札は主に人物を中心に歴史事象を記し、セットで下の句のみを記した文字札を用意している。そのうえで、記憶すべき語呂の部分は、 必ず下の句の冒頭になるように工夫している。この75調を維持するために、中には、「ワシントン会議」のように、全く語呂合わせとしては成立していないものもみられるものの、 「キリスト教信仰するのを止められて不服な(皇紀2297年=西暦1637年)九州島原の乱」のように、歴史事象の内容をたくみに盛り込んだものも目立つ。 こうした中には、明治以降、皇紀による歴史教育と、受験の歴史が積み重ねられる中で、周知のものになっていた語呂合わせもあったかもしれない。

本図録では、絵札裏面に記している応用問題の部分を、絵札表面とともに新字現代仮名遣いでテキスト化して示した。