娯楽・演芸

劇場
                    奈良市内に昔あった映画館と劇場  図面:吉田守氏
   
 尾花座・尾花劇場  (現 ホテルサンルート奈良) 奈良市高畑町
明治42年10月芝居小屋「尾花座」興行開始。大正9年奈良市内初常設映画館「尾花劇場」開業。昭和55年2月閉館。昭和56年ホテルへ。
   明治42年に尾花座が改築されて奈良劇場株式会社が設立されているので、そのころから映画上映が始まったかもしれない。大正に入って上映回数がふえてくるが、そのころは芝居をやったり映画をやったりで、時には活動写真混合芝居(連鎖劇)も上演されて人気を呼んだという。
 大正7年(1918)大阪で旅館を営んでいた中野平兵衛(中野商会)が奈良に進出して尾花座を買収、大正9年7月から活動写真の常設館とした。
(北半田町にあった「寧楽座」も買収して「電気館」と改称、映画の上映を行う)
        以上 奈良市史 通史四 (平成7年3月20日発行)による。
明治42年10月  「尾花座」開館。回り舞台も備わった本格的な芝居小屋  写真提供:中野聖子氏
花形の歌舞伎役者の杮落しをはじめ、数々のスターによる演劇・落語・浄瑠璃などが演じられました。
 
芝居小屋の小道具
写真提供:中野聖子氏

奈落の 回り舞台
写真提供:中野聖子氏
   
 
明治42年10月 扁額「尾花座」
西澤對竹筆
写真提供:中野聖子氏

扁額「 尾花座」裏面
写真提供:中野聖子氏
 
明治42年10月 壽式操三番叟
市川斎入初代 市川右團次)
写真提供:中野聖子氏
 
明治42年11月 .恋飛脚大和往来他
写真提供:中野聖子氏
 
明治43年3月 大阪堀江座浄瑠璃
竹本大隅太夫他

 明治43年5月 川上劇
川上音二郎他
 
明治43年8月 吉田奈良丸他
 
明治43年8月 人道鼓吹 京山小圓
 
明治44年5月 大阪浄瑠璃
豊竹呂昇(女義太夫)他
 
明治44年5月 浪花落語三友派一派
桂米團治・千歳米坡・桂文三
 
明治44年6月 大阪三友派東京柳連落語若手座
 
明治44年11月26日 金色夜叉
暗乃都
 
明治45年2月 加賀見山旧錦絵
源平魁躑躅
 
明治45年3月 文士劇
 
明治45年5月 浪花三友派
笑福亭松鶴一行

 大正2年3月 生さぬなか劇
 
大正2年9月 意気地・潮

 大正2年12月 曾我廼家六郎一派
 
大正3年1月 女優團一派
 
大正5年3月 演芸大回覧
 
大正6年5月 浪花落語三友派
 
大正8年8月20日 底なし沼
   
大正9年9月1日 菩提町に 「尾花劇場」設立。 奈良市内初常設映画館。(中野商会)写真提供:中野聖子氏

 大正10年当時の尾花劇場

写真提供:中野聖子氏

  大正10年当時の尾花劇場
櫓が見える
興福寺の五重塔が見える

写真提供:中野聖子氏
 
大正10年4月 実録忠臣蔵
写真提供:中野聖子氏

大正11年頃の尾花劇場
山林大会梨本宮殿下御台覧記念
写真提供:中野聖子氏
(左遠くに薄らと五重塔)

大正11年頃の尾花劇場
山林大会梨本宮殿下御台覧記念
尾花劇場内部
写真提供:中野聖子氏
 

大正時代の映写機

大正後期の中野商会の皆様と
俳優の皆様
奈良ホテルにて
 
奈良市外南大安寺
「武蔵園芸」
 
  昭和初期 トーキー時代を前に活動弁士たちの争議後、警察の監査
奈良の弁士と警察
 
 

大正後期
尾上松之助を囲んで記念撮影
 
     

昭和5年の菩提町付近(猿沢の池付近) 動画よりパノラマ写真に加工
写真提供:中野聖子氏
   
クリックで動画
昭和5年春日大社式年正遷宮
町の風景
尾花座
菩提町付近

動画提供:
中野聖子様

 昭和13年 「尾花劇場」改装   写真提供:中野聖子氏 
 
昭和13年 改装当時
写真提供:中野聖子氏
   
尾花劇場
松竹映画奈良奈良封切場

写真提供:中野聖子氏
 
 
昭和17~18年 戦時中地元の小学生の映画観賞会
写真提供:中野聖子氏
 
昭和17~18年 戦時中地元の小学生の映画観賞会
写真提供:中野聖子氏
 
昭和17~18年 戦時中地元の小学生の映画観賞会
写真提供:中野聖子氏
 
昭和17~18年 戦時中地元の小学生の映画観賞会
写真提供:中野聖子氏
 
戦時中 白衣勇士諸氏ご招待風景
写真提供:中野聖子氏
 
戦時中 白衣勇士諸氏ご招待風景
写真提供:中野聖子氏
 
 戦時中 「妻の系図 娘かがみ」
「僚尞機よさらば」上映中
写真提供:中野聖子氏

 戦時中 「妻の系図 娘かがみ」
「僚尞機よさらば」上映中
写真提供:中野聖子氏
戦後の「尾花劇場」   写真提供:中野聖子氏 
 
昭和21年(1946)
愛染かつら上映大盛況
昭和20年12月前篇2週間
昭和21年1月後編連日超満員
北は五十二段、南は御所馬場まで4列続く

写真提供:中野聖子氏 
 
 
昭和44年  尾花劇場    写真提供:中野聖子氏
昭和44年(1979)五十二段上から尾花座を望む
 
昭和44年(1979)菩提町 尾花座
 
 昭和44年(1979)菩提町 尾花座
 
昭和54年11月閉館時  尾花劇場     写真提供:中野聖子氏
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場外観
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場外観
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場外観
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場
「 時計じかけのオレンジ」
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場館内
扁額がはずされている
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場館内
扁額がはずされている
 
昭和54年11月閉館時
 尾花劇場
 

最終上映が昭和54年11月で、その後有志の方々による集いや内部の片づけなどがあり、

昭和55年2月11日に尾花座ファンの方々により「エデンの東」を最終上映会開催。

  その後すぐに解体作業にとりかかり、昭和56年 「ホテルサンルート奈良」として開業。

奈良 電気館    北半田にあった小さい芝居小屋「寧楽座」が尾花劇場と同じ中野商会の経営で「電気館」となり、映画の常設館としては、こちらの方が早かったようだ。   (現NHK東 油留木町付近)  写真提供:中野聖子氏 
 
大正時代の電気館
(尾花劇場と同じ中野商会経営)
写真提供:中野聖子氏
 
大正時代当時「中野商会」は
芦邊倶楽部・中央館・住吉館
奈良電気館
の経営をしていた。
 
高田劇場  大和高田市本郷町 尾花劇場と同じ中野商会の経営      写真提供:中野聖子氏 
 
大正9年10月17日
高田劇場
弁士劇
 
昭和元年(大正15年)
大正天皇崩御にともなう弔問場の
高田劇場
 高田劇場のみなさん
高田劇場
 高田劇場は初めの名を大黒座といい、明治30年頃、宮崎亀石が創設した。
 寺井利三郎、藤井理一郎の座主を経て大正9年中野商会が「高田劇場」と  名を改め常設映画館とした。
 大正14年宮崎昇巳。次いで上島亀造、松尾光山が劇場主となり現在は
 松尾秀光が経営している。収容人員800名東宝専門館。
   以上 「大和高田市史 昭和33年4月10日発行」による。

その後の変容は以下の通り。
 大黒座-高田劇場-ナカタニ-ニチイ-天神マート- スーパー多宝-
 南河生鮮市場
    
         
中野商会は奈良進出前は大阪を中心に中平旅館と約20の映画館興行を行っていた。
淡路島洲本、博多、佐世保にも興行館を持っていた。 
写真提供:中野聖子氏 
 
 
大正時代当時「中野商会」は
芦邊倶楽部
中央館
住吉館
奈良電気館
の経営をしていた。
 
中野商会の皆様
尾花劇場・辨天座・春日座他
 
大正10年頃
尾上松之助を囲んで中野商会のみなさま。中平旅館にて
 芦邊倶楽部(大阪市南区千日前)
芦邊倶楽部は明治45年のミナミの大火で焼失し、大正3年に再建され再開した。
この再建の時、松下幸之助が電燈工事で苦労をした。(自叙伝より)
中野商会が営業を始め大正8年に営業を譲った。
   写真提供:中野聖子氏 
 
1916年頃の千日前
左が芦邊倶楽部
写真:wikipedia
 
大正8年(1919)
中野商会「芦邊倶楽部」引退
 
大正8年(1919)
中野商会「芦邊倶楽部」引退
 
1933年頃の千日前
左が芦部劇場
写真:wikipedia
春日座 (大阪此花区福島) 写真提供:中野聖子氏  キネマ 福嶋 (大阪此花区福島)写真提供:中野聖子氏 
 
大正9年頃 春日座
映画看板:
「黒人の意気」大正8年(1919)公開
「尼港最後の日」大正9年(1920)公開

大正10年頃 春日座
映画看板「忠臣蔵」 大正10年
 
大正14年頃  キネマ福嶋
看板:澤田正二郎・国定忠治
 牧野省三
 
昭和2年頃?キネマ福嶋 
看板:「椿姫」 夏川静江
中野商会出張直営 辨天座   (兵庫県淡路島洲本)
大正8年開館
写真提供:中野聖子氏 

大正9年(1920)頃  辨天座一周年 
 
大正9年(1920)頃
「松本訓導」
 
大正11年(1922)頃 3周年記念
 
大正11年(1922)頃
「噫小西巡査」
 
大正11年(1922)頃
「女訓導の死」
 大正13年(1924)頃
辨天座5周年記念
東宮殿下御成婚記念
 
大阪中野商会
淡路出張所
 
常盤館 (大阪市西区九条) 電気館 (場所不明) 劇場第一電気館 (場所不明)

日活「由井正雪」大正9年(1920)公開
 写真提供:中野聖子氏 
 
  大正時代の電気館
(尾花劇場と同じ中野商会経営)
写真提供:中野聖子氏
(実録忠臣蔵は大正10年(1921封切
 
劇場第一電気館内部
中野商会経営
写真提供:中野聖子氏
 
劇場第一電気館内部
中野商会経営
写真提供:中野聖子氏
その他大正の映画館風景  昭和初期の映画館風景     
 

大阪朝日新聞
「修羅八荒」 
連載記念

現代喜劇ニコニコ團 創立十周年 
 
  
 奈良新温泉 登大路町(現 春日ホテル)
    大正11年開業。1階は大浴場。2階は食堂と娯楽場。
    昭和6年に閉鎖。
 
写真提供:奈良市政80年の歩み
 映画館の看板

 昭和26年頃 三条通り
もちいどの通り商友会の看板
懐かしの映画看板
今では奈良市に映画館が無くなってしまった
「戦慄の調べ」1950公開、{Gメン対間諜」1951公開、「泣きぬれて人形」1951配給

写真提供:(一財)餅飯殿町財団 
 観光大和歴史館  昭和14年10月1日~15年11月末日まで   写真提供:谷井氏
    角振町(三条通り・小西通り角)  紀元2600年紀元節(昭和15年2月11日)に開館
  観光大和歴史館 地鎮祭  昭和14年秋   写真提供:谷井氏
       
 観光大和歴史館 上棟式   昭和14年秋    写真提供:谷井氏      
       
観光大和歴史館建設中 昭和14年
やぐら組みは塔屋
  観光大和歴史館 開館式 昭和15年2月11日      写真提供:谷井氏  
       
 
 大和歴史館内  ジオラマ
建国の歴史を実物大の人形を使ってパノラマ式に展示。  紀元2600年の祝賀行事は11月10日から5日間繰り広げられたが,それがすむと戦争情勢が厳しくなり、庶民の娯楽は一層乏しくなり、遊ぶことは窮屈さを加えた。
 映画だけはなかなかの盛況であったが統制が強められた。ただ、ニュース映画には出征兵士の姿を見たいと興味が持たれた。それで、映画館が新設された。
著書「谷井友三郎伝」参考
 
奈良ニュース映画館開館式   昭和17年3月1日  写真提供:谷井氏
   観光大和歴史館後地・角振町(三条通り・小西通り角)
       
奈良映画劇場へ改名  昭和19年8月   写真提供:谷井氏
  (奈良ニュース映画館を改名)
       
 友楽座  上棟式 昭和21年8月11日  写真提供:谷井氏
○昭和 21 年 10 月、下三条町に友楽座が開館。
       
       
   友楽座  開館式 昭和21年10月15日  写真提供:谷井氏
○昭和 21 年 10 月、下三条町に友楽座が開館。昭和44年12月14日焼失。閉館。
 
友楽座の開業風景
     
 
     
       
   昭和22年7月 友楽座    宝塚月組公演  若草山にて   写真提供:谷井氏
 
     
     元「谷井家」 昭和23年9月6日 芦田首相来奈当日撮影   写真提供:谷井氏
   後の友楽会館(昭和29年)、友楽観光ビル(昭和45年)
 
芦田首相来奈当日の谷井本宅
 当時、民主党総裁であった芦田均首相が奈良へ公演に来られた時、谷井邸が宿泊所となった。
 もと、六十八銀行頭取の島田家のお座敷で江戸時代には油屋をしていた。谷井氏が購入。
   
奈良映劇 上棟式  昭和24年6月   写真提供:谷井氏
       
 奈良映劇 新装オープン  昭和24年8月13日   写真提供:谷井氏
         奈良ニュース劇場 昭和17年(1942)3月1日劇場開館。昭和19年(1944)4月8日奈良映画劇場に改称。
       昭和24年(1949)ン奈良劇場新装オープン。   平成元年(1987)4月8日に閉館。
      平成2年(1990)12月15日 シネマデプト友楽として復活。  
       
       
 
 無料招待のにぎわい
     
       
       
       
       
 
  漫才:林田十郎・芦乃家雁玉
     
       
   友楽会館上棟式  昭和29年  写真提供:谷井氏
       
       
 友楽会館  開館式 昭和29年12月15日  写真提供:谷井氏
○29 年 12 月三条通りの一角(角振新屋町)に友楽会館が完成。柿落受付風景。黒紋付きの芸妓達が樽酒を振る舞う。
柿落で長谷川一夫が鏡獅子を舞った。1階は友楽大劇場、2階は友楽洋画劇場。鉄筋五階建ての映画と娯楽の総合センター。

○平成2年 友楽会館閉館
○平成8年、新しく友楽ビルが建てられる、シネマデプト友楽EASTオープン、ゲームセンター、モータープール、居酒屋など
○平成22年閉館
○現在 マンション・1階:日本市(平成 25 年 10/26 オープン)
   
 
開館当日のにぎわい
     
     

 記念式典
 
 
 
 
 
 
長谷川一夫の鏡獅子
     
       
       
       
 友楽会館  開館式 昭和29年12月15日 
 写真提供:元林院写真ギャラリー
     
 
     
  
   昭和31年元旦の3座    写真提供:谷井氏
 

友楽座
 
奈良東映
 
友楽会館
 
友楽会館
映画「新平家物語」ロケーション風景 昭和31年8月・9月  写真提供:谷井   「禁転載
 
8月10日法隆寺ロケ
 
8月10日法隆寺ロケ
 
8月10日法隆寺ロケ
 8月10日法隆寺ロケ
 
8月10日法隆寺ロケ

 
8月10日法隆寺ロケ
 
8月10日法隆寺ロケ
 
8月10日法隆寺ロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 9月1日 飛火野にてロケ  
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ

 9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ 市川雷蔵
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
9月1日 飛火野にてロケ
 
昭和31年 映画「八月十五夜の茶屋」ロケーション風景   写真提供:谷井氏   「禁転載」
主演:マーロン・ブランド、グレン・フォード、京マチ子
     奈良ホテル  
       
       
       
友楽会館洋画劇場昭和32年6月29日七月末日  写真提供:谷井氏
総天然大スネシコ「明治天皇日露大戦争」
       
   


乃木将軍直筆軸
 久我門跡  
       
友楽会館三周年記念特別大公演  松竹歌舞伎大公演 
 昭和32年11月15日・16日                          写真提供:谷井氏
      友楽会館内部
入館者に3周年記念品が配られた 。
       
昭和33年     写真提供:谷井氏
 
元旦 友楽会館
 元旦 友楽会館  高島忠雄・池内淳子アトラクション
 高島忠雄・池内淳子アトラクション
 
東映スコープ
 友楽会館 昭和33年
   
大和文華館   
昭和35年開館。 
     
昭和36年 奈良東映 「赤穂浪士」超満員   写真提供:谷井氏
       
       
   友楽会館  10周年 昭和39年12月10日  写真提供:谷井氏
       
       
       
       
   谷井興業創業20周年  写真提供:谷井氏
       
    友楽観光ビル 地鎮祭:昭和44年(1969)、開所:昭和45年(1970)3月6日、
       友楽会館西隣り 大阪万博による観光客誘致で観光客向けレジャー施設として建設         平成2年(1990)閉館
       当時奈良では珍しかった五階建てで展望台をもつビル。
 友楽観光ビル 建設地鎮祭 昭和44年(1969)  写真提供:谷井氏
       
       
       
   友楽観光ビル 昭和45年(1970)3月6日 開所式  写真提供:谷井氏
       
   友楽観光ビル 昭和45年(1970)  写真提供:谷井氏
 
左は友楽会館
     
       
       
   
大会議場
 
洋画ロードショー劇場 友楽スカラ座
 
       
7階回転展望レストラン
 
屋上 大ビヤガーデン