※下記は、2010年に確認した内容でありますが、その後外観や記載内容が変更されている場合があります。

面塚(めんづか)

概要

「室町時代、寺川のほとりに翁(おきな)の面と一束の葱(ねぎ)が空から降ってきた。村人は能面をその場にねんごろに葬り、葱はその地に植えたところ見事に生育し、『結崎ネブカ』として名物になった」という伝説に由来し、面塚と称した。
また、伊賀の国小波多に座を創った観阿弥、世阿弥父子がこの地に移り、大和猿楽の四座の一つ「結崎座」と称して芸道に精進した本拠地の跡でもある。
このため、能楽観世流発祥伝承地とされ、二十四世観世左近の筆による「面塚」と「観世発祥之地」の碑が立つ。
塚の場所は、昭和30年(1955)寺川の改修工事にともなって堤防上に移されたあと、同42年(1967)現在地に移設された。
面積は280平方メートル、周囲の玉垣は全国観世流の門下生から寄贈されたもので、樹木を植えるなどして整備されている。
面塚に隣接して、結崎面塚公園がある。

参考

所在地:奈良県磯城郡川西町結崎

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