佐紀盾列(さきたたなみ)古墳群の東群に属する全長219メートルの前方後円墳。
後円部は直径124.5メートル、高さ15メートル、前方部は幅145メートル、高さ13メートル。
築造は、5世紀中ごろ~後半ごろと推定されている。
周濠(しゅうごう)は前方部にのみ2重に巡っており、くびれ部の東側に造り出し部を持つ。
古墳の北東部には、円墳2基、方墳2基の陪塚がある。
宮内庁は仁徳天皇皇后磐之媛命の平城坂上陵(ならのさかのえのみささぎ)に治定している。
磐之媛陵は大阪府堺市の仁徳天皇陵(大仙陵古墳)から離れているが、日本書紀によると、磐之媛命は、仁徳天皇が八田皇女(やたのひめみこ)を寵愛(ちょうあい)したため、怒って難波宮から出てしまい、そのまま戻らなかったためとされる。
所在地:奈良県奈良市佐紀町