戦争体験文庫
奈良県立図書情報館では戦争体験を風化させることなく次世代に伝えていくため、戦中・戦後の社会や生活の様子を記録した資料を収集・展示しています。展示された「戦争体験文庫」の中から、奈良に関する写真をピックアップしました。詳しくは、図書情報館の資料をご利用ください。
昭和5年1月 「奈良連隊」歩兵第38連隊のいた光景 (1)
満州警備のため奈良兵営出発
「奈良連隊写真帖」戦争体験文庫の非図書資料 (奈良県立図書情報館所蔵)から
昭和5年1月
満州警備のため奈良兵営出発
 
歩む姿も喜びに懦へて
 
連隊前通り行進 
浅茅ケ原行進 
一の鳥居付近行進と見送る観衆
 
可憐なる小学生の見送り
 
 送らるる者も送られる者も涙
優しき愛国婦人会 
大阪埠頭と連隊長 
     
   昭和7年(1932)11月 陸軍特別大演習
天皇が参加した演習で、一般道路や民有地を使い、明治後期以降,全国各地で年中行事化していた。
本演習は笠置・奈良市の大和平野北端から南進する北軍と、五條・河内長野から北上する南軍が天理付近で衝突する想定。(11月11日)
審判役野外統監部は西乗鞍古墳に設置。(天理)
昭和天皇は先立って11月10日大阪城近く(第4師団司令部)大本営に到着。11月11日畝傍御陵参拝。その後西乗鞍山の野外統監部に至る。
13日、府立堺中学校で演習の講評。14日、城東練兵場で観兵式と賜饌。15,16日は大阪府各地行幸。17日大阪から東京へ。
本演習関連の奈良県立図書情報館所蔵の書類から写真を抜粋しました。
     「天皇陛下大阪府下奈良県下大演習行幸記念写真帖」 内外写真通信社 1932
奈良県立図書情報館所蔵
光栄に輝く南海電車   昭和7年11月13日
堺の御講評場に向かう天皇をこの年竣工の南海難波ビル前で社長らが出迎える
  
昭和天皇 (白馬にまたがる)
夜都岐神社前(天理市乙木町)にて
  
陸地 測量部撮影「大演習記念写真帖」昭和7年版 陸軍特別大演習統監部 1933
奈良県立図書情報館所蔵
櫟本町付近
北軍特設重砲兵第十六大隊の前進
昭和7年 11月11日午前10時40分ごろ
筒井村付近(郡山町南方約2000m突)
北軍野砲兵第三連隊通信隊の前進)
昭和7年 11月11日午前10時ごろ
朝和村付近(丹波市町南方約2500m突)
南軍野砲兵第四連隊の陣地
昭和7年11月11日午後1時ごろ 
乗鞍山野外監統部(天理)
御前講演昭和7年11月11日 
 八尾北端付近
南軍歩兵第37連隊の 軍用犬
昭和7年11月12日午前11時頃
長吉村付近
(八尾町西南方約3500m突)
南軍野砲兵第4連隊の退却
昭和7年11月12日午後1時10分ごろ 
 
八尾町付近
北軍特設歩兵第10大隊の前進
昭和7年11月12日午後3時10分ごろ
 
 恵我村付近
(八尾町西南方約5000m突)
南軍歩兵第61連隊の退却
昭和7年11月12日午後1時30分ごろ
 
高安野外統監部
幕僚長閑院宮殿下伝書鳩の功績を聞召さる
昭和7年11月12日
  
高見野外統監部における幕僚
昭和7年11月13日
  
堺市付近における南軍野砲兵第5連隊の観測所
昭和7年11月13日午前6時45分ごろ
 
金田付近
(堺市東南方約3000m突)
南軍歩兵第21連隊の戦闘
昭和7年11月13日午前7時30分ごろ
  
布忍村付近
(堺市東方約5000m突)
北軍歩兵第18連隊本部 
昭和7年11月13日午前7時40分ごろ
日置荘村付近
(堺市東南方約5000m突)
北軍騎兵第20連隊の前進
昭和7年11月13日午前8時20分ごろ
  
松原村付近
(堺市東方約7500m突)
南軍歩兵第41連隊の戦闘
昭和7年11月13日御前9時ごろ
 
演習の御講評
昭和7年11月13日 
府立堺中学校にて
観兵式 閲兵 
昭和7年11月14日
参加将兵を城東練兵場に集め
関係文官を集め賜饌場
昭和7年11月14日
(歩兵第8連隊)  
 
   奈良県庁文書1-S7-113 「昭和7年特別大演習記録写真帖」
奈良県立図書情報館所蔵
       
 歩兵第38連隊本部  歩兵第38連隊第1大隊本部  天理教庁(本部)前の奉送迎者
       
  市民が見守る中、進む兵隊
 官幣大社石上神宮付近
     
   奈良県編、発行「昭和7年 陸軍特別大演習奈良県記録」1934
奈良県立図書情報館所蔵
 秩父宮殿下
昭和7年11月11日
奈良第4小学校(現済美小学校)において
 畝傍町付近
南軍騎兵第4連隊連の尖兵
 畝傍御陵へ御親拝
昭和7年10月10日
野外統監部にあてられた
乗鞍山(天理市)
 長引農事実行組合にて(月ケ瀬)
昭和7年11月14日
 県立農事試験場にて
昭和7年10月16日
 近畿地方諸団体御親閲
昭和7年10月16日
大阪城東練兵場にて
 
   昭和7年11月 陸軍特別大演習記念(絵葉書)
戦争体験文庫の非図書資料 奈良県立図書情報館所蔵
   陸軍特別大演習 
南軍歩兵第37連隊軍旗
 陸軍特別大演習
休憩中の歩兵大部隊
  陸軍特別大演習
畝傍山領御参拝
  陸軍特別大演習
南軍軍用犬の活躍
陸軍特別大演習
歩兵陣地一斉射撃 
   
  昭和9年12月7日夜 「奈良連隊」歩兵第38連隊のいた光景 (2)
 
篠原渡満部隊見送り
「奈良連隊写真帖」戦争体験文庫の非図書資料 (奈良県立図書情報館所蔵)から
 篠原渡満部隊屯営出発
 熱狂的歓呼の中を行進する渡満部隊
 発車間際における見送り人の感激(上写真)
  軍用列車に乗り込む篠原渡満部隊(下写真)

 駅付近にて篠原渡満部隊を接待する奈良市国防婦人会員
 渡満部隊○○駅付近に休憩中
愛国婦人会の接待
      昭和11年頃「奈良連隊」歩兵第38連隊のいた光景 (3)
田路部隊第2次凱旋(出征中、篠原の後任として田路朝一が新連隊長となった)
「奈良連隊写真帖」戦争体験文庫の非図書資料 (奈良県立図書情報館所蔵)から
 奈良駅前にて隊長に凱旋報告
 大歓呼を受けて堂々凱旋行進
 凱旋部隊五重塔付近通過
 凱旋部隊 一の鳥居通過
 連隊前通り通過
 楽しき面会所風景
 懐かしの屯営に帰る(竹内支隊)
 連隊より凱旋部に対して訓辞
   昭和15年(1940)、紀元2600年祭 
藤田宗光「橿原神宮と建国奉仕隊」
阪神急行電鉄百貨店部 1940
 (奈良県立図書情報館所蔵)から

橿原神宮の整備に、勤労奉仕たる「建国奉仕隊」が募られた。
   
 戦時下の模様 昭和10年代後半 
写真:戦争体験文庫の非図書資料 奈良県立図書情報館所蔵

入営壮行会写真
召集を受けた人の家の前には多くの旗や幟が立てられた。 
奈良で行われた防空訓練
 
奈良公園での訓練風景
陸軍記念日(3月10日)
 
昭和19年頃
海軍官職の写真

昭和19年 鳴川町の防空壕

昭和19年鳴川町青年団「鳳鳴会」が10日ほどで完成させた。
東西3.5m、南北1.6m、高さ2.1m。
収容人数は20から30人。
現在、跡地には音声館が建っている。
 
 昭和20年(1945)
疎開先の寺で撮られた写真

 
進駐軍と奈良 昭和20年代前半  写真提供:猪原由香氏よりアルバム寄贈
通訳をしていた奈良の進駐軍関係者が撮影進駐軍
 「台帳番号9348 進駐軍アルバム」戦争体験文庫の非図書資料より 奈良県立図書情報館所蔵
 バックの人たちが見ているのは鹿に餌やる女性ではなく手前でカメラを向けているアメリカ人を見ている。
春日野園地
大仏殿遠景
カメラを手にするアメリカ軍憲兵(MP)
 
 鷺池・浮見堂
三条通り
 
 遠くに右のアーチが見える
 昭和21年(1946)11月発布,翌5月施行の日本国憲法を祝うアーチ
 
 昭和21年(1946)11月発布,翌5月施行の日本国憲法を祝うアーチ
 
 荒池ごしの奈良ホテル
戦後(昭和20年から27年まで)連合軍に接収されていた
 
興福寺の五重塔
 
   

 
共栄職業補導所前
 
 左の写真の看板拡大
「プレスや軍服の繕い、アイロンかけに応じます

 
       
  建設が進む黒髪山のアメリカ軍将校向け住宅
のちに、奈良ドリームランドとなる地域
  接収されていた高畑町の旧日本軍連隊司令官官舎 
 紀寺町の飛鳥幼稚園 の場所にあった第25師団
 天理教奈良教務支庁(天御津分教会)もアメリカ軍に接収され将校宿舎として使われた。
 
 アメリカ陸軍第25師団のマーク
 紀寺町にあった軽飛行場か? 
       
 門柱の表示は
アメリカ陸軍第25師団の第64野砲兵大隊
  写真の部隊は1950年の朝鮮戦争勃発で朝鮮半島に転進 
   
 後ろの山並みから
現奈良教育大学 のあたり
     
赤十字班?   アメリカ兵と人力車夫が帽子を
交換して遊んでいる。  
   
奈良警察署の婦女子夜間注意の立て札
   
     
       
       
       
       
生駒山頂の航空灯台
(昭和15年に建設された)
戦後京都大学太陽観測所、近鉄生駒山無線局と利用されたが取り壊された。
 大阪城と大阪陸軍造兵廠の跡地
(昭和20年8月14日の空襲で廃墟)