『常磐線中心主義 : ジョーバンセントリズム』

作成者
五十嵐泰正, 開沼博責任編集
出版者
河出書房新社
刊年
2015.3

タイトルにJRの路線名が入り章には駅名が使われているため、鉄道の本として分類されているが、そうかなとも思う。駅そのものよりも、沿線の街に力点を置いた内容になっているからだ。本書冒頭には、常磐線といっても西日本の人には何のイメージも湧かないと、また濁点の多い響きは野暮ったさやうら悲しさを思い起こされるとある。沿線に住んだことが長い身としては、やや複雑な心境で苦笑しつつうなずかざるを得なかった。
そもそも常磐線は上野から東京近郊では宅地化が遅れた千葉県北西部・茨城県南を経て、太平洋沿いに茨城県北・福島県浜通りを通り、宮城県の仙台近くに至る。本書で取り上げられる街(駅)は、コラムも含めて、上野・南千住(東京)・柏(千葉)・水戸・日立(茨城)・泉・いわき・内郷・富岡(福島)である。
コラムといっても章に近い分量を持つ力作も多いが、章として取り上げられた部分の内容をざっと紹介しておく。第1章上野駅では、語られることの多かった駅のイメージを検討するとともに、街と駅の密接な関係を指摘している。
第2章柏駅では、市民協働の除染活動が取り上げられる。都心まで30分のベットタウンである柏周辺は、東日本大震災後、原発事故地から遠いにも関わらず、放射線量の高いホットスポットとなった。従来の住民運動や町内会活動の担い手とは、違った層の活躍によって、活発な除染活動がなされたという。第3章水戸駅では、水戸とロックンロールとの関係が考察されている。街自体としては近年中心部空洞化が著しいが、定着したセレクトショップを核として、ロックンロールの一種土着化が進んでいるという。そうかそういう土壌もあったのか。年に一度元教え子たちとバンドを組み夜通しの同窓会を続けている、お世話になった当地の元大学教員の顔が頭に浮かんだ。第4章泉駅では、漁港かつ工業都市として知られる小名浜が取り上げられ、蒲鉾産業の歴史とその大震災後の取り組みについて記している。第5章内郷駅では、この地特有の盆踊りの際の回転やぐらについて考察する。かつてこの地の主要産業であった常盤炭鉱が、技術の誇示を兼ね日本一の大きさを誇る回転やぐらを作って地域の盆踊りに提供したのが起源という。石炭産業の斜陽化で回転やぐらはいったん途切れるが、いわき市と地元業者が復活させ今日に至るという。第6章富岡駅では、大震災の津波で大きな被害を受け、今も不通区間に入っている富岡駅周辺の、2014年11月段階での状況がレポートされる。そのなかで原発の立地を含めて戦前からの街の移り変わりを描写し、未来を考察している。
この地域設定は、大都市がない常磐線沿線の場合東京からの距離に応じてそれぞれに発展してきた面があり、「東京の重力を純粋な形で描き出すのに適しているからと編者はしている。同時に副題の「ふざけたような造語」には、沿線の価値を掘り起こす狙いが込められているという。執筆者も在住や出身など、ゆかりのある人が多い。
阪急等のような沿線イメージを高めようとする事業者の戦略とも、この地域は無縁だった。それに加えてジョーバンセンの音がうら悲しく響くのは、濁点の多さだけではなく、原発事故や津波など大震災の被害の文脈で報じられることが多いことも、大きく影響していると言えるだろう。実際に、本書の随所に、原発事故の影が見て取れる。ゆかりのある一人としては、復興の進展を祈りつつ、沿線をブランド化しようとする編著者らの試みを遠くから応援していきたい。