『猟師の肉は腐らない』

作成者
小泉武夫著
出版者
新潮社
刊年
2014.7

空調で普段私たちは、便利な世界に生きています。水は蛇口を捻れば出てくるし、エアコンで暑さ・寒さ知らずに快適に暮らせます。食べ物もスーパーやコンビニで簡単に手に入り、冷蔵庫に入れておけばすぐに腐ることはありません。こんな生活の中で、昔から培われた工夫はすっかり忘れ去られていきました。今回ご紹介する本は、そんな現代人の生活とは正反対の、山の中で生きていく知恵や食生活をテーマにした体験記風の読み物です。
主人公の「先生」は山奥で犬と住む友人「義っしゃん」の元を訪ね、そこで山の暮らしを体験します。義っしゃんの家はガスも電気も水道も通っておらず、トイレの紙は蕗の葉っぱという、一見不便に思える環境にいますが、昔からの知恵を駆使して獣肉や魚を保存し、山の幸を最大限に生かして生活しています。彼が出してくれる料理も野兎の灰燻し(あくいぶし)に蛇の味噌汁、蜂の子など野趣あふれるものばかりです。
都会で生活する人ならばギョッとなる暮らしですが、そこは食文化や発酵学の研究家である先生。山の生活習慣や料理にも興味を持って挑み、時には蜂に刺されたり蛇に咬まれたりしながらも、義っしゃんとの生活を満喫します。何より二人ともかなりの酒豪、毎夜繰り広げられる山の素材を肴にした酒盛りは羨ましくも思えます。
著者の小泉武夫氏は食文化論や発酵学の専門家、さらには世界中の珍味・奇酒に挑戦する「食の冒険家」です。主人公の先生はどうやら小泉氏本人であり、本文中で出てくる料理や素材の加工方法なども実際に体験したものだとか。その他に出てくる山の生活の知恵も、氏の体験と豊富な知識に裏付けられたものであるといえます。本のタイトルにもなっている「猟師の肉は腐らない」にはそんな小泉氏の、先人の生きる知恵への敬意が込められているのではないでしょうか。
今の日本からほとんど失われてしまった、山の生活に思いを馳せる「平成版遠野物語」ともいえる一冊です。