『君拾帖 : 東京大学の学術遺産』

作成者
モリナガ・ヨウ
出版者
KADOKAWA
刊年
2014.6

江戸時代から明治・大正という時代の激変期に、チラシや領収書・お菓子の包み紙、その他雑多な摺りものを個人が何十年にもわたってコツコツと貼り込んだスクラップ帳。それが『君拾帖(くんしゅうじょう)』と名づけられた100冊近い膨大な冊子群です。この『君拾帖』を制作した人物は田中芳男という偉人です。

田中は幕末の本草学者で、緒方洪庵から任されて九段坂上の薬草園を管理するとともに、薬草栽培に従事しました。パリ万博に江戸幕府の一員として参加し、その後もウィーン万博、フィラデルフィア万博に明治政府の代表として参加、また内国勧業博覧会の開催を推進し、殖産興業政策に尽力しました。その他にも博物館の名を設け、書籍館(しょじゃくかん)という現在の図書館を開き、上野動物園の開設に参加し、東京市内に並木を植えることを東京都知事に建議・・・と業績を列記すればきりがありません。これらの勲功により大正4年に男爵の位を授与されています。

彼の死後、自宅には膨大なコレクション、蔵書類が残されました。その後関東大震災による消失という事態を経て、残った蔵書のうち約6千冊が東京大学に寄贈されます。このなかに『君拾帖』がありました。普段は総合図書館地下の耐火書庫に大切に収蔵されていますが、著者は図書館へ通いつめ、『君拾帖』をめくり続けました。このスクラップ帳を開くと、遠く過ぎ去った時代のある瞬間が押し寄せてくる感じを味わえたといいます。そして資料を選定し解説を付して紹介したのが本書です。その一部を紹介すると、種痘所(天然痘の予防接種施設)の札やパリ万博の入館証、鹿鳴館メニュー表など多種多様な蒐集物が貼り込まれていることに驚かされます。パラパラと眺めているだけでも楽しい、それぞれの時代の息遣いが感じられる1冊です。

『君拾帖』の「君」は実際には手偏に君と書きます。「ひろう」とか「あつめる」という意味です。