『眼と風の記憶-写真をめぐるエセー』

作成者
鬼海弘雄著
出版者
岩波書店
刊年
2012.10

  1ページごとに、ワンフレーズごとに、ゆっくりとかみしめながら読み進めてみたいと思う本がある。本書はまさにそのひとつである。
  著者の鬼海弘雄は、昭和20年に山形県寒河江市に生まれ、幼少期から高校時代までを自然豊かな環境の中で過ごした。著者のふるさとへの想いはと ても深く、感性の基層にしっかりと根付いており、収載されている小文の随所に顔を出してくる。
  呻吟しながらも丁寧につむいだ言葉はどこをとっても味わい深く、乾いたスポンジが水を吸い込むように読む者に伝わってくる。まるで言葉というプ リズムを通して、著者の感性や感情が投射されているかのようだ。それは瞬間を切り取って写真という作品へと仕上げる、写真家としての著者の生来持 っている感性がなせる業なのかもしれない。
  著者には、生涯の師と仰ぐ人物がいる。「誰でも考えることが『面白くなる』方法を生涯もとめ」、「考えることの根本は『ことば(ロゴス)』で」 あると説いた哲学者の福田定良である。著者は自らを不肖の弟子と自認しているが、表現している言葉と写真には恩師の薫陶がしっかりと反映されてい るといえる。
  このエセーは、故郷の地方紙「山形新聞」に2006年4月から2012年4月まで掲載されたもので、遠くに故郷を持つ者であれば、本書の端々に 共感を覚えるのではなかろうか。
  著者の生業である写真家としての作品も、何点か当館で所蔵している。インドやトルコの地方の町や村、また東京の下町などに集う市井の人々の表情 をとらえた作品を見ていると、置き去りにした遠い過去の記憶がよみがえってくるようである。

[鬼海弘雄の主な写真集(当館所蔵分)]