『天国はいらない ふるさとがほしい:日本再生・これからの日本の歩むべき道』

作成者
松本健一著
出版者
人間と歴史社
刊年
2011.12

  著者の名を知る人の多くは、約1年前に「失言」をして更迭された内閣官房参与として、だろうか。私にとっては違う。二十歳前後に、多くの影響を 与えてくれた思想史家である。当時のパセティックな論考の一節は、今でもそらんじて見せることができるほどである。
  松本健一講演集の3冊目として刊行された本書は、明治維新の人物を扱った1、近代の思想家を扱った2に引き続き、時評的、文明論的な講演を集め ている。タイトルは、ロシア革命の直後、これに抵抗して自殺した詩人の詩からきており、チェルノブイリ事故を扱った映画のワンシーンで現地農民が このフレーズを呟くシーンがあるという。
  もともと、北一輝らナショナリストの研究で世に出た著者であるが、近年の論考ではパトリオティズム(郷土愛)に注目するものが多い。パトリオテ ィズムは、近代ナショナリズムと時に激しく対立する一方で、時にその源流にもなる。ナショナリスト研究では、研究対象に共感を覚えつつも一定の批 判的スタンスをとっていた著者ではあるが、パトリオティズムに対しては、本書の講演にもあるように、ほぼこれを全面的に擁護する立場に立ってきた。   そうした著者が、3.11に際会して、被災地の復興に強い関心を寄せるのは自然のことだろう。震災の1週間後には、内閣官房参与としていちはや く復興ビジョンの青写真を提示し、それはいったん官邸の容れるところとなったという。しかし、官邸内部の主導権争いの結果、復興計画は五百旗真氏 らの復興構想会議に委ねられることになり、著者らはそこから外されることになったと内幕を語っている。こうした経緯もあってか、出来上がった復興 構想については、地域の実情を踏まえたものではない、と批判的である。
  本書に収められた講演は3.11以前になされたものも多く、直接に今回の震災復興計画自体を扱ったものばかりではないことを、念のために付け加 えておく。書名となった詩のフレーズも、以前からしばしば著者が引いてきたものだ。しかし、今回の被災地を思うとき、重く響く言葉である。