『ユダヤ人の起源 : 歴史はどのように創作されたのか』

作成者
シュロモー・サンド著/佐々木康之, 木村高子訳
出版者
WAVE出版
刊年
2010.3

  本書は旧約聖書の時代から現代に至るユダヤの通史です。著者はユダヤ教 が一般に思われているような閉じた宗教ではなく、イスラム教やキリスト教 ほどではないにせよ伝播力を持ち、周辺地域に広がった事例を挙げています。 その事例の一つとしてカスピ海沿いに7~10世紀に存在したユダヤ教国家 ハザール王国をあげています。そしてこの国の民が、東欧系のユダヤ人(ア シュケナージ)の源流になった可能性を示唆しています。つまり著者は必ず しもユダヤ人の血統は連続していないといった立場に立っています。
  また、こうした考えはイスラエル建国当初までは実証的な研究として発表 されていたにもかかわらず、イスラエルが版図を拡大していくにつれてタブ ーとなっていったことを指摘しています。そういった事情のため本来なら学 際的な研究チームを組んで取り組んでしかるべきこの課題に、著者はイスラ エルの大学で、一人で当たらざるを得なかった、としています。
  ふつう、ユダヤ人か否かは宗教によって区分されるとされ、そういった理 解に立つ限り、現代のユダヤ人と聖書の時代のユダヤ人との血統的連続は必 要ありません。しかし、イスラエルが、現在の地に存在する正統性を強調す るためにパレスチナ人に対する先住性を主張するとすれば話は異なってきま す。イスラエルとパレスチナの関係は混迷を続けていますが、イスラエルの 政策がこうした神話の上に成り立っていることを見逃すことはできません。 また一方で、ハザール王国とアシュケナージを結びつける考えは、少しネッ ト検索をするといまだに根強いユダヤ陰謀論の文脈の中で語られていること が多いのにも少々驚かされます。
  こうしたデリケートな問題に直結する個々の論証の当否には判断がつきか ねるところがありますが、民族と国家の関係を考えるうえで興味深い一冊で あることは間違いありません。