※下記は、2010年に確認した内容でありますが、その後外観や記載内容が変更されている場合があります。

山田寺跡(やまだでらあと)

概要

蘇我入鹿のいとこで大化の功臣、蘇我倉山田石川麻呂(そがくらやまだのいしかわまろ)が、舒明13年(641)に建設に着手した。
しかし、大化5年(649)石川麻呂は反逆罪とされて自害し、建設は中断する。
その後、工事が再開され、天武14年(685)の石川麻呂の命日に、丈六仏像の開眼供養が行われた。
昭和50年代に行われた発掘調査により、倒壊した東回廊の連子窓などが当時のまま出土した。
一帯は国特別史跡に指定されている。
現在、興福寺に、山田寺の本尊だった薬師如来像の頭部が所蔵されている。

参考

所在地:奈良県桜井市山田
見学自由

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