※下記は、2010年に確認した内容でありますが、その後外観や記載内容が変更されている場合があります。

筒井城跡(つついじょうあと)

概要

筒井城は室町時代から戦国時代にかけ、大和国の有力武将から戦国大名への道をたどった筒井氏の居城だった。しかし、永禄2年(1559)、筒井順慶のときに、大和に乱入した松永久秀に城を追われた。
織田信長は同11年(1568)、久秀の大和支配を認めた。
一方、順慶はその後、信長に仕え、久秀が信長と対立すると、天正4年(1576)、信長から大和守護を命じられ、翌5年、久秀を信貴山城に攻めて滅ぼした。順慶は翌6年、郡山城の建設を始め、2年後の同8年(1580)、父祖伝来の筒井城を出て郡山城に移った。筒井城は無力化を目的に信長の命で取り壊された。
現在、城の名残を示すものとしては、ハス池などになっている堀跡がある。このほか、本丸跡に立つ菅田比売神社脇には碑があり、城跡の空き地には「筒井城跡」の看板がある。

参考

所在地:奈良県大和郡山市筒井町

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