※下記は、2010年に確認した内容でありますが、その後外観や記載内容が変更されている場合があります。

牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)

概要

牽牛子とはアサガオの別称であり、別名「あさがお塚古墳「御前塚」とも呼ばれる。 真弓丘にある飛鳥時代後半の古墳で、かねてから斉明天皇と間人(はしひと)皇女の合葬陵とする説が有力とされる。
昭和53年(1978)に、環境整備事業の一環として実施された発掘調査によると、墳丘は対辺長22メートル、高さ約4メートルの八角形墳で、版築によって築かれている。
埋葬施設は巨大な凝灰岩をくり抜いた横口式石槨(せっかく)で、中央に間仕切り部を削り出す二室の複室構造をしており、当初から追葬を意識して石槨を製作したものと考えられている。
出土品には、夾紵棺(きょうちょかん)の破片や七宝金具などがあり、重要文化財に指定されている。
また、平成21年(2009)から翌22年(2010)にかけて、明日香村教育委員会の発掘調査が行われた。 その結果、当時の天皇家に特有の八角形墳であることが確認され、飛鳥時代の女帝で、天智天皇と天武天皇の母とされる斉明天皇の陵墓である可能性がさらに高まったという。
一方、宮内庁では、既に高市郡高取町の車木ケンノウ古墳を斉明天皇陵として治定している。

参考

所在地:奈良県高市郡明日香村越

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