※下記は、2010年に確認した内容でありますが、その後外観や記載内容が変更されている場合があります。

川原寺跡(かわはらでらあと)

概要

川原寺は、飛鳥寺(法興寺)、薬師寺、大官大寺(大安寺)とともに、飛鳥四大寺として栄えた大寺院であった。平城京遷都に際し、他の三大寺(飛鳥寺、薬師寺、大官大寺)は平城京へ移転したが、川原寺は飛鳥の地にとどまった。その後、建久2年(1191)にほとんどを焼失して衰退した。
創建については、今なお、謎が多く残るが、昭和32~34年(1957~1959)の発掘調査で、一塔二金堂式の特異な伽藍(がらん)配置であったことが分かり、「川原寺式伽藍配置」と称されている。
寺跡は国の史跡に指定されており、現在は、南大門、中門、回廊などの位置が分かるよう整備されている。金堂跡には、真言宗豊山派の寺院・弘福寺(ぐふくじ)が立つ。
なお、川原寺の創建時の姿は、奈良文化財研究所飛鳥資料館の模型で見ることができる。

参考

所在地:奈良県明日香村川原

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