映像作家・保山耕一氏が綴る映像詩『奈良、時の雫(しずく)』からセレクトした作品を月替わりで常設上映する企画。
9月の映像は「雄略天皇伝承地」(上映時間約30分、リピート再生)
■『雄略天皇伝承地』 保山耕一
9月のテーマは「雄略天皇伝承地」です。図書情報館で開催される「図書館劇場」(9/23)の「朗読」に映像を提供することになり、朗読本のタイトル、雄略天皇の若き日を綴った創作『ワカタケル大王』(黒岩重吾著、文藝春秋)に合わせて撮りました。
僕にとって、雄略天皇といえば『古事記』の「引田部赤猪子(ひけたべのあかいこ)」にまつわるエピソードです。
〜引田部赤猪子は『古事記』雄略天皇の条に登場する女性。天皇が三輪川に行幸したときにその美しさに目をとめた。いまに宮中に召すから嫁がずにおれと命じられ、それを待っていたが音沙汰のないまま80歳をすぎた。老いた身で入内しようとは思わぬが、待ち続けた思いを表したいと願い、ついに結納の品々を携え皇居を訪ねて事情を述べた。天皇は驚いて、女の心情を憐み、成婚ができなくなったことに心を痛め「あなたは若かったのに。若いうちに妻とすればよかった」という意味の歌、ほか一首を賜った。赤猪子は涙ながらに「蓮の花のような女盛りの人がうらやましいことでございます」などの歌を返歌した。天皇は多くの褒美を持たせて帰したという。(『朝日日本歴史人物辞典』より)〜
この時、雄略天皇は「引田(ひけた)の若々しい栗林のように、若いうちに共寝をしておけばよかった。私はもう年老いてしまったことよ」という歌を赤猪子に贈っています。
< 雄略天皇は若き日の自分を「栗」、赤猪子は「蓮の花」にたとえた >
このことを思いながら、かつて宮都があった三輪、長谷へ行ってみました。すると、初瀬川の辺りで、ハスが咲く光景と、青々とした実がなる栗の木に遭遇したのですね。
蓮と栗、そりゃあるでしょうよ、という話でもあるのですが。古事記の世界を胸に現場へ行ってみたら、思いを投影するようにハスが咲き、若栗がなっているのを見て、すごく感動した。
いかにも奈良やなぁと思いました。
撮影では、行く先々で土地の人が気さくに「どっから来はったんやー」って、声をかけてもらいました。しかも「あの山と山の間をな、○△天皇が降りてきはってん」とか「家を建てようとしたら□○天皇の家の跡が出てきてえらい騒ぎになった」とか。「こんな話は小さい頃から聞かされてるからなー」って。
古代の天皇を、ついこの間まで生きていた友達か親戚みたいに話す人たちのバックグラウンドにあるのは、生まれ育った土地への誇りと強い愛情です。気持ちの中に古事記の世界があって、それは連綿と受け継いできたものであり、古代の天皇の時代が、人の心を通して現代と繋がっている。そんじょそこらの田舎ではないです。
これまで世界中を撮影してきましたが、「場所の力」は良いも悪いも感じるものです。場所の力には大まかに二つあって、一つは自然が作り出したもの、もう一つは人間の営みが折り重なってできたものがあります。今回は「日本の始まり」が起きた場所で、明らかに人間が作り出した場所の力を感じたし、その力に魅かれて土地のいろんなものとつながることができた。雄略天皇に繋がるのは、血なまぐさい逸話からするとなかなか難しいですが、ユニークな人物だと思います。これくらいパワフルでないと国造りなんてできないのでしょうね。(文責:図書情報館)
撮影地:脇本遺跡(桜井市)/春日神社(桜井市)/初瀬川(大和川)/白山神社(桜井市)/蜻蛉(せいれい)の滝(川上村)/長谷山口坐神社(桜井市)/海石榴市(つばいち)(桜井市)/三輪山十二神社(桜井市)/ 三輪山 / 十二神社(桜井市) /葛城一言主神社(御所市)/矢刺神社(御所市)/葛木神社(御所市)/
■保山耕一(ほざん・こういち)
1963年生まれ。奈良在住。US国際映像祭でドキュメンタリー部門の最優秀賞である「ベスト・オブ・フェスティバル」を受賞。フリーランスのテレビカメラマンとして『THE世界遺産』『情熱大陸』『美の京都遺産』『真珠の小箱』などの番組撮影に携わるほか、スポーツ、音楽、バラエティまで多方面に活躍。2013年に直腸がんと診断され、現在も治療を続けながら「奈良には365の季節がある」という強い思いを映像にすることをライフワークとしている。